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堀井On-Line
by horii86
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■7873,閑話小題 〜100年前の平均年齢
夕陽や、森の中の木漏れ木などの、自然現象を美しいと感じ、得意になる。
しかし、その歓びは、自らが醜い、美しいと自覚するがゆえというのは、確かに
残酷の話だ。 21世紀に入って、美の真髄に感じる人が少なくなったと。
玉三郎は嘆く。
◉ < 美を感じる器は、私は魂だと思います。自らの醜さを自覚した上に、
魂のあり方で美を感じとる必要があります。ところが最近では付和雷同して
いるだけに見える。つまり理解した気になっている。
「インスタバエ」で美を誇る人たちは、その好例ではないだろうか。
ちょっとおしゃれな場を切り取って、それを他者に自慢するため発信する。
美とは現象の一部分を切り取り誇るものではない。
人間の根源的な部分=魂で感じとってこそ、美は輝きを放つ。
美を追求する人は、己の醜さを自覚している。
――
▼ 51歳時に、いや40歳半ばに、何やら人生の折返しの時節を実感した。
ホモ・ハーベン(働き人間)から、ホモ・ルーベン(遊び人間)への転換。
これは、何度も書いてきたので省くが、その一つが、秘・異郷ツアーを通して、
今までの生き方を変えてしまうこと。 その行先で、感動することで、小さく
凝り固まった、それまでの人生を逆照射すること、それは、玉三郎の舞踏による
解放と同じ経験であった。魂の解放である。魂の解放といえば、個々の死も然り。
その前に、65歳時の会社清算が同じ。 これは現に経験して解ったこと。
何かの引力から素っ飛ぶ感覚。 そこに、何も解っちゃいない、下衆の何とか!
こちとら、娑婆の柵から、素っ飛び、飛躍しているのに、柵の中の住人の何とも。
それらは、創造価値、体験価値を経過した後に、態度価値に至っていたから
平然?と受けられたこともある。 実はよれよれ? あと講釈だから、まあ。
岩盤がなければ、やはり、厳しい事態。 何とか、こころ安らかに居る。
最後は自分がつくり上げた魂の岩盤。 それは他者を愛する心根ですか。
人間の本質は『醜』ですか。ならば、他者も、自分も許せる! ったく。
〜で、これも偶然で、文脈として丁度良いのが続く〜 …としても不思議。
・・・・・・
6417,読書日記 〜『60歳からの人生を楽しむ技術』 ー1
2018年10月08日(月)
『60歳からの人生を楽しむ技術』渡部昇一著
* 人生を楽しむコツとは…
51歳で、痴呆症だった母親を5年半の介護の後、看おくり、さて私の人生を
如何に生きようか自問自答したとき、<30年分の余生を、還暦まで圧縮する、
3倍濃厚に生きるべし>との内なる声が聞こえてきた。何回も書いてきたが、
それまで続けてきた
<秘・異郷ツアー>の行先の難度を1ランク上げ、回数も2年に3回のペースを、
年2回に!> …他には
<個人用HPを開設し(当時はブログの出だし)、乱雑にしてきた情報管理
をネット上に移行すること> にした。
これで60歳からの人生を‘気楽’に愉しむことが出来るようになった。
とすると、それまで楽しみを味わい尽くしておかなければならないことになる。
これを言っては身もふたもないが、とはいえ人生をそう気楽に楽しめる訳がない。
何事も準備、60歳までに30年分を凝縮出来たのは、それまでの30年以上の読書
の集積などの準備があったため。更に21歳時に、1ヶ月の欧州旅行の楽しみの
極致の味を経験したこともある。それと両親の晩年の人生への取組を後ろ姿から
学んでいたことも。 楽しみは、自ら創造するしかない。その為には内的に、
外的な準備が必要となる。人それぞれだが、こと楽しみ方では、無知に近い人が
まりに多い?… それでも知らないより知っておくべき遊び方が提唱されている。
〜本書のエキスは、巻末にまとめられている。
次回からランダムに幾つかの各章を取上げてみるが…
楽しみ方は、質の高い至高体験の味を経験すること。ある程度蓄積の質量が
高まると、「楽しみ自ら」が、知らずと擦り寄ってくる。最後に残るのは、
『楽しかった!』という実感だけ。そう思ったら、心の中で繰返すこと。
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10月08日(土)
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