ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7723,閑話小題 〜まあ、毎日…ネタが次々と!
 新型コロナの一連で、在宅ワークが推奨され現に仕事のメインに出てきた。
「In Real Life」と「IVL」の融合化が、キセズシテ進みつつある。誰の手にも
超高性能のスマートフォンが握られる時代。これからは5世代目のスマフォ
『5G』の時代。何やら偶然の一致にしては出来過ぎ… 『何が?』は、
これ異常言及しない。 なる程、これが21Cの、次なるステージですか。

・・・・・・
6611,閑話小題 〜私にとって平成時代とは…
2019年04月22日(月)
    <〜まずは平成の時代の政治経済の潮流から〜 2018年、
       日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!田原総一朗>より
   * バブル崩壊とグローバル化と情報革命
1946年1月に誕生、昭和64年まで43年、そして平成を30年を、生きたことになる。
この30年間続いた「平成」とは私にとって、どんな時代だったのか。その概略が
田原総一郎のHPにあった。改元の数年あとに、パソコンなるものが、登場し、
Window95と共に世界に普及してネット社会が現実社会を覆ってしまった本格的
情報社会の到来である。 また神戸・淡路大地震が震災の幕開けになり、千年に
一度といわれる東北大震災が発生し現在に至っている。 世界は世界大戦こそ
なかったが、中東紛争やアフガンなどで戦乱が激化し、トランプの登場に至った。
資本主義を本格的取入れた中国が、この間にアメリカの近づくほどの経済力を
持つに至った。 この30年で、世界は想像を遥かに超えて激変していた。
          
  〜まず<日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!〜田原総一郎>より〜
≪   * 東西の壁と日本国内のバブル経済の崩壊
  1989年に昭和天皇が崩御され、平成の時代が幕を開けた1989年という年は、
 世界的にも様々な出来事が起こり、大転換期にあった。
・その6月に、中国では天安門事件が起こり、
・11月9日にはドイツでベルリンの壁が崩壊。
・その壁崩壊を受けて、12月に米国のブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ
 書記長によるマルタ会談が行われ、米ソ冷戦の終結を宣言。
・日本では不動産バブルがピークに達し、89年12月の日経平均株価は3万8957円を。
 日本の地価はうなぎ登りに上昇し「日本を売れば、米国が買える」と言われた時代。
・その2年後、実際にバブルが崩壊した。100兆円規模の不良債権が発生し、日本は
 「失われた20年」に突入していった。
・その後の日本は長期低迷が続き、深刻なデフレに陥った。デフレから脱却する
 ために打ち出されたのが、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」である。
・平成の時代を語る上で、もう一つの大きなキーワードは「グローバリズム」。
 80年代、米国のレーガンと英国のサッチャー首相が、あらゆる規制を緩和する
経済政策を打ち出したいわゆる「レーガノミクス」「サッチャリズム」と呼ばれる。
当時の首相であった中曽根康弘氏もそれに乗っかり、小さな政府、グローバル化、
 規制緩和などを盛り込んだ経済政策を推進した。「新自由主義」と呼ばれる政策。
・時を同じくして、85年にソ連はゴルバチョフ氏が最高指導者となり、
「ペレストロイカ」を提唱。それまで堅持していた一党独裁体制を止めるということ
 である。これがソ連崩壊へと繋がってゆく。
・ゴルバチョフの登場によって米国は、「どうやらソ連は我々の敵ではなく、真の敵
 は日本ではないか」と考え始めた。当時の日本は、米国に電化製品や自動車を中心
 の多くの製品を輸出していて、米国の対日貿易赤字はどんどん膨らんでいった。
 いわゆる、日米貿易摩擦が深刻化していた。米国は、日本に自由化を強く要求した。
 さらには、対日貿易赤字が膨らむ原因は日本円が安すぎるからだと主張し、1985年
 のプラザ合意で、先進国は協力して為替レートをドル安に進めることに合意した。
・当時の大蔵大臣は竹下登氏である。この時、日本円は1ドル=240円で推移していたが、
 プラザ合意の後はあっという間に150円台まで高騰した。さらに米国は、日本の輸出

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04月22日(金)
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