ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6954,閑話小題 〜あと数日で、リタイアから9年に
アメリカにしろ、中国、北朝鮮問題しろ、一神教の仲間内と、一神教対その他
の争いになる。それは、人種、民族の相克の永遠のテーマになる。それらは
抱え込んで発火に注意するしかないが、これも何時まで保たれるのか?

・・・・・・
6224,閑話小題〜 「わがままこそ最高の美徳」だと!
2018年03月29日(木)
         <「わがままこそ最高の美徳」ヘルマン ヘッセ (著)>
   * 我が道を行け!
 何処かの誰かが聞いたら卒倒しそうな内容だが、我ままの核心を如何に上手く
隠しながら、生き方として貫けるか否かに人生がかかっていると。
利己的遺伝子論は、ドーソンは遺伝子を人間的表現の利己的遺伝子と表現して
広まった説である。集団内の他者に対する「利他性」は、種の生命維持のため、
必要に迫られたものとする。その説の一部を引用して本来の自我は「わがまま」
であり、それを前提にコントロールの必要性があると飛躍した論が罷り通った。
  〜内容紹介〜
≪ ヘッセは少年時代から我が強く、親の手に余る子で、神学校の寄宿舎から脱走
 して落ちこぼれになる。しかし、ずっと詩人になる夢を諦めず、独学で大作家
になった。自分を信じて生きることの重要性を説いたエッセイと詩を集めた詩文集。
 「人生の下劣さに抗する最良の武器は、勇気と、わがままと、忍耐です。
勇気は私たちを強くし、わがままは愉しさを生み出し、忍耐は平安を生み出して
くれます」(ヘッセ) ―小さいときから我が強く、非行少年のレッテルを貼られ
ながらも、自分の好きな道を邁進し世界的な文学者になったヘッセの「わがまま」
礼賛の書。戦争や政治の季節の中でも自説を曲げなかった強靱な精神とは。
素敵な詩文集。」
  〜レビューより
「わがまま」と言えば、悪徳とさえ思われるもの(特に、日本において)なのに、
何故に「最高の美徳」なのか?ドイツ語圏でも「わがまま(Eigenshinn)」と
言えば、「普通あまりよい意味で用いられる言葉ではない」と翻訳者の岡田朝雄
も「訳者あとがき」に記している。
「個性の尊重」と日本でも言われる場合があるが、本当にそれを実現していこう
とすれば、「わがまま」「組織を大事にしなくちゃね」「世間はそんなに甘くない」
などという非難にすぐに出くわすことだろう。 日本では、「大勢順応主義」が
唯一のイデオロギーであるだけに、諸外国に比べても、「個性の尊重」に対する
圧力(もっといえば、抑圧)の度合いがいっそう深いといえるだろう。
 ヘッセは、この本の中で、「真に個性をもつ人びとは、この世でほかの人びと
よりも難儀しますが、またずっとすばらしい生活をします。彼らは群衆の保護を
受けませんが、自分自身の想像力の喜びを享受します」と言う。
 自己実現には、困難や孤独が付きまとうものらしい。 しかし、そこには、
何物にも侵されない喜びもあるのである。
ヘッセ自身、学校からの脱走、自殺未遂、心の病を体験しつつ、自己実現を成し
遂げからこそ、その喜びを語ることができたのだと考えられる。 

▼ 我ままといえば、子供の頃の黒柳徹子。そこで調べると、
【 彼女が通ったトモエ学園は、かつては東京・自由が丘に実在した。
 2016年5月7日付朝日新聞によると、自由教育の提唱者である手塚岸衛氏が
1928年に創立した「自由ケ丘学園」の幼稚園・小学校を、小林宗作氏が1937年に
引き継いだかたちで創設した。小林氏は音楽教育法リトミックを基盤に、子ども
の個性と自主性を尊重する教育を実践したという。
ドラマの原作となった自伝小説「窓ぎわのトットちゃん」によると、
黒柳は母の紹介で、この学校に転入した。黒柳は好奇心旺盛すぎて授業中に机の
フタの開閉を100回ぐらい繰返したり、教室の窓から大声でチンドン屋を呼んだり
したため、尋常小学校を1年で退学になったという。
トモエ学園では、本物の電車も教室に使われ、授業はめいめいが好きな科目を
選んで始めることができた。午後にはみんなで散歩という、一風変わった学校
だったが、黒柳は大好きだった。当時の自身について、「びっくりする事件を、

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03月29日(日)
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