ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4876,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー42
結婚も重なり決断は自分独りでするしかない。経験不足の身にとって一つ間違えると地獄のそれは、
結果が直接、跳ね返ってくるため厳しい。それも、自信が無くとも、分った振りをして決めるしかない。
事業人生の40年間は、特に、その場で瞬時に判断しなければならない世界。去年の節目から
16ヶ月になるが、今だ解放感で空中を浮いているように気持ちが軽くなっている。
現役の方が良かったなど懐かしむ気持ちは今だになれないが、後悔とか、未練は全くない。
父は42歳で終戦を向かえ、10数軒あったという貸家は長岡の空襲で全て燃えてしまい
一財産の殆んどを失い、そこから裸一貫から第二の人生が始まった。その頃に私が生まれたが、
当時の記憶は生まれた数ヶ月後からハッキリと憶えている。変化変化の刺激的な日々だった
からだろう。その中で必死に働いていた両親の姿が子供心に輝いて見えていた。
・・・・・・
3769, 下流の宴 ー2
2011年07月21日(木)
昨日、7回シリーズの「下流の宴」−最終回のビデオをみた。これでシリーズの録画、
3、4、6、7をみたことになる。内容は団塊世代の現状の起承転結の転結そのもの。
遅かれ早かれ人生は、こんなものであると・・。下流と見下された少女と、上流?家族の
母親との対比の中で、下流、上流とかいう世間体の虚実を浮かび上がらせている。
この隠れテーマは、「総中流だった団塊世代の崩壊と現代の若者」で、上流とかいう
虚妄の実態を面白可笑しく表現している。下流と蔑まされた痛いげない少女の必死な姿を通して、
人間の品格とは何かを問おうとしている。あの夫婦の姿は多かれ少なかれ、定年をむかえている
団塊世代の家庭内に見られる実情。 そこで、問われるのは、「考える」ということ、定年までの
準備の有無、そして、これまでの人生を如何に生きてきたかである。 あの家族の父親が自分、
医者の娘というだけが誇りの母親が家内、そして二人の息子を、あの二人の子供に重ねると、
他人事でない? で、どうした!である。 家族には、それぞれの結末が待っている。
最後は永遠の果てに散っていくのである。それが早いか遅いかの差でしかない。
医者を偉そうに取り扱っているが、現在の医師の8割は技術者でしかない。
そのことを当人たちは熟知している(はずである?)。何かに向かい一心不乱で努力する姿勢、
それに対し全く無頓着の生様、それぞれの人間の姿を作家の林真理子は表現したかったのだろう。
蔑まされていた娘が独りで、医科大学に入って、医者の道を歩くところで、終わっている。
それをバカバカしいと断念する方が面白いのでは?と、思った。が、これはこれで良い。
「世の中の人が総下流なら、それは中流ではないのでは?」と、常々思っていた。
娑婆では下流は平均値の半分以下の収入を言うらしい。国民年金で生活する人たちが
下流?というのだろうか? 鳩山一族が上流? こうなってくると、漫談になってくる。
ところで、私が学生時代に入っていた馬小屋のような寮の住人。 その人たちの実家は
玉石混合だったが、学生時代の寮生活は、こんなものと、誰もが着るもの、食べるものに
無頓着であった。 親が自営業だった?から、仕送りは実家が裕福かどうかに関わらず、
ギリギリだった。 むしろ、それを全員が楽しんでいるようだった。誰も実家の裕福さなど
問題にしてなかった。 日本は、アメリカの属国だったこともあり、経済大国といわれ、
アメリカに次ぐ豊かさを一時的に謳歌した。それが、この20年間で・・・
最後は東北大震災がトドメ。下流とは言わないが、中の下。団塊世代と同じである。
米国が国債のデフォルトを臭わせてきた・・ 500兆以上は買わされているというが・・・
待っているのは、下流の宴か、やはり。 ーたまたま去年のテーマが、それであった。
・・・・・・・
3404, この国の終わり
2010年07月21日(水)
「この国の終わり ー日本民族怪死の謎を解く」 林 秀彦 (著)
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07月21日(月)
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