ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4809,ある明治女性の世界一周日記
【 元気旺盛のただなかで、突如、不治の病を宣告された人は、初めは死を、不条理な運命として呪誼し、憎悪し、拒否するが、
次第にやがて、その苛酷な宿命を受容して、死を覚悟し、承認するようになるという心理学的研究も存在する。
人間が死と立ち向かう心理的状況は、種々様々である。 死を迎え入れ、その定めを覚悟し、その準備を整える用意は、
憂き世の終末に向けて身辺を整理することを含む。 そこには、種々雑多な俗世間的な事柄が絡みつくが、それらはみな、
老境の責務だとも言える。 ありうべき介護や臨終、葬儀やさまざまな後始末、それらをすべて、何らかの仕方で見越しながら、
誰もが、終末に身構えざるをえないのが、死にまといつく憂き世のしがらみである。
 たいていの日本人なら、死んだら、草場の蔭から子孫を見守り、お盆には憂き世に帰り、生者と交わることを望み、しかし
やがて年月が経てぱ、往時茫々、すべては諸行無常のなかに消え去ってゆくのがこの世の定めだとして、それを、詮方ないことと
心得る諦念を、心中密かに保持しているであろう。 あるいは、永遠の生命の流れとしての浄土に、自己が繋がり、久遠の仏性に
救い上げられるという強い信仰をもつ人もあるかもしれない。 さらにはまた、西洋からの宗教思想の影響のもとで、死に際して、
神の恩寵と審判が下され、裁きが行われるという終末観を抱き、神に救済されることを祈って、日夜、信仰と精進に励んで生きる、
敬謙な人々も存在するであろう。 死という終わりに直面する私たちが抱くさまざまな不安や、懐疑や、憂悶や、希望や、希求や、
欣求には、果てしがない。 
 それらの種々の想念と気遣いのすべては、いかに人間が、死の影のもとに、蜉蝣のような自己の身の上を、儚いながらも、
充実した有意義なものとして構築して生きようとするかという、胸痛む事実を、告知している。人間は、徹頭徹尾、
死の影のもとに生きる存在者なのである。 この憂悶にみちた現実が、人間の生存の真実である。】
 ▼ 結局は、大部分の人にとって壮絶な死に際が待ち構えているが、敢えて知らないふりをし、日々の細事に気を紛らわせるしかない。
  それも、物心とも準備を怠ってきた人は、ただ動転し、目先を辛うじて生きるしかない。その結果、事故や、争いに巻き込まれ、
  老醜を曝す結果となりがちでなる。それは、家系とか、持っている体質にも関係してくる。やはり人の死は大方悲惨と覚悟をすべき。
  問題は、当の本人が、それに独り直面し、ギリギリの極みの中で、苦痛の中で最期を向かえ、意識が消えていくことである。
 ・・・・・・・
3337, サイバーとは超格差社会
2010年05月15日(土)
 ー「知の衰退」からいかに脱出するか? ー大前研一 (著)  ー8
 * サイバーとは超格差社会
  ー まずは、その部分を抜粋してみる ー  P−236
 私は過去のコラムで「サイバーとは超格差社会」と書いたが、一方でこれは持たざる者、立場の弱い者に大きな恩恵を
もたらすものだとも考えている。 その格差といえば情報と知恵の差である。仮に判らないことがあっても質問できる双方向性。 
実はこれこそがサイバーの最大の特徴でもある。そこから自然にコミュニティが生まれ、互いのノウハウを交換しあうことによって
更に自らを高めることができる。電子町内会の誕生である。 こうしたことも、かつてなかったスタイルの「恩恵」であろう。
サイバー社会の格差を埋めるのもまたサイバーなのである。 この事実に我々はもっと注目すべきだ。
なのに現状、インターネット上の最大の産業がポルノ、またはポルノまがいのコンテンツになっているのは情けない話である。
「あらゆる技術は軍事目的で開発され、ポルノ目的で広まる」ともいうから(写真もビデオも、もちろんインターネットもそう)、
ある程度は仕方がないことなのかなとも思う。 しかしインターネットが我々の身近なものに降りてきて10年あまり、
そろそろ次の段階にステップアップすべきなのではないか。
 「次の段階」、それは前述したように人々が学び、情報武装して賢明な市民となり、甘言を弄する政府の嘘を見抜き、

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05月15日(木)
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