ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は
・イランによるホルムス海峡の閉鎖と、閉鎖した海軍と軍事基地への英米軍の攻撃、イスラエル軍のイランの核施設攻撃等
・中国による支那海など周辺諸国に対する侵略
・北朝鮮の政治的混迷・・
・日本の株式と国債の暴落と、円安など、多くのマイナス要素が山積である。
中国、ロシア、フランス、韓国などのトップの選挙がある。そのため現体制は人気とりの戦争をやりたがるのは、世のならい。
その意味でも今年は非常に危ない年。恐慌と戦争は、相互に影響をするため二重の危険性がある。 一兆円の70倍が7京。
その不良債権が世界各国に眠っている。それらを何時までもほうっておく訳にいかない。 日本国民の生活も、今後10年で
厳しい状況に追いやられる。それでも日本人は、それに適応するしぶとさがあると信じる。 アメリカに依存してきた日本が、
どこまで独立できるかだが、見通しはよくない。スーパーイヤーの断面をジックリと見ることになる。
ところで次の大地震、どこの国で発生するのだろうか?
・・・・・・
2011年01月02日(日)
「語りえぬものからの問いかけ」 ー東大駒場〔哲学・宗教・芸術〕連続講座ー
《「言い表せないもの」の詩学 −チュッチェフ『沈黙』の逆説 ー沼野充義 》の沈黙」
* 究極の逆説
ー まずは、沈黙せよと言いながら、沈黙を破り、この文章を書いている矛盾そのものが、以下に書かれている ー
【 ーそもそも「沈黙」をめぐる詩が存在するということ自体、なんだか妙なことではないか、ということなのです。
「何を言っても他人には理解されない、何かを口に出したら嘘になるのだから、沈黙せよ!」と主張している詩人がみずから
その主張に従ったら、詩は書かれなかったはずではないか。そもそも「沈黙せよ」という主張を言葉によって行なおう
とすることのうちに、矛盾がひそんでいます。厳密に論理的に考えると、これは「クレタ人はうそつきである、
とあるクレタ人が言った」という、あの有名なエピメニデスのパラドックスにも似た状況でしょう。
もっとも、私は哲学にも論理学にもまったく疎いのですが、言語芸術を多少なりとも扱う立場からあえて理屈をつけると、
その「矛盾」とはこんなふうに説明できるのではないでしょうか。 つまり、
;言語とはそもそも「何かを言い表す」ために人間が獲得した道具である、
;しかし、その言語をもってしても「言い表すことができないもの」がこの世界には存在する……。いや、ここまでならば、
特に妙ではありません。 どんな道具にも、どんな技術にも限界がある、それだけのこと。しかし、その先に、もう一つ、
;その「言い表すことができないもの」について、それでもわれわれは何かを言い表している、なぜなら少なくともそれが
「言い表せない」ということをわれわれは言っているのだから、という段階が付け加わると、やはりこれはなんだか妙な事態、
ここにはどうも解きほどきがたい厄介な問題が含まれているのかも知れない、という気になってきます。
無意味な屁理屈のように聞こえるかも知れませんが、ある意味ではこの厄介さこそが言語による表現の本質ではないでしょうか。
言語によって何かを表現しようとするものは必ず、その表現の限界に行き当たります。「言いたいことが自由に言えるから、
それがそのまま作品になった」とのんきに言っていられる文学者は、じつはまだその限界に突き当たっていないだけでしょう。
真の創造のプロセスは、むしろその先にあります。「言い表せない」ものに向き合ったとき、それでもなおかつそれをどうやって
言い表すことができるのか、この観点からすれば、文学的表現だけでなく日常言語でも常に使われる直喩や隠喩、換喩といった
比喩的表現の数々も、「言い表せないもの」をなんとかして言い表そうとする人類の古くからの努力の結晶ではないか、とさえ
思えてきます。本来、比喩とはあるものを、それ本来の名前で呼ばずに別のものの名前を持ってくる、という手法です。
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01月02日(木)
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