ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4604, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー1
 変化をジックリと見極め、それに適合しながら生きぬかなければならない。そのため、
*「歴史学」を学ぶことにより、過去を振り返り未来に向けてどう進むべきかを考える力を養い
*「心理学」で、経済の非合理的な(=人間的な)動きを理解し予想することができるようにして、
*「哲学」で、社会の本質的な構造と、それがどのように変化しているのかを捉えるようになる。
 経済学は合理的に行動する人を前提にしているが、人と社会は非合理的な側面が含まれるため、
 色いろな基礎教養をベースの上で経済の先行きを読まなければならない。≫ というところか。
 ・・今度の世界的金融恐慌は、100年、250年に一度の衝撃的事件であり、そう見えすえれば根底から経済予測が違ってくる。
 その背景には本格的情報化社会の到来がある。これがグーテンベルグ印刷以来というより、人間が言葉を持ちはじめた
 20万年来の革命的変化をもたらす。その代表例としてネットなどの情報手段の革命がある。そのことを、明確に把握していないと、
 現在の状況を見間違ってしまう。 この本は内容的には目新しいことは言ってないが、
「この恐慌は過ってない歴史的世界恐慌という事実を見極めて、根底から考えを変えなさい!」をテーマにしているが、
 それを心に留めさせるだけで充分の価値がある。 そう、この事件は20世紀初頭の第一次世界大戦、世界恐慌、
 そして第二次世界大戦の一連の断層より遥かに大きな事態を認識しなければならない。 特に、茹で蛙の日本は、である。  
 ・・・・・・・
3124,生きる幻想 死ぬ幻想  ー5
2009年10月24日(土)
   ー何でまた原理主義者は死を恐れず自爆テロをするのかー
 以下の部分で、その原理を説明している。 これでは多神教が敵うわけがない。
 それにしてもイスラム教はイヤな宗教と思ってしまうのも、多神教の日本人だからだろう。
 彼らも恐ろしい神が控えていると絶対言明として刷り込まれていれば、どうもこうもない。
 ー 終末論 ー  P-29
岸田 ▲終末論というのは、単に世界が終わってしまうということとは少し違うのですね。
  終末論はユダヤ教からずっとあるのですが、ユダヤ教の場合は、メシアが降りてきて、唯一の神を信じて
  律法を守ってきた自分たちを窮状から救ってくれる、という思想です。これもまた、奴隷の宗教ということから
  出てくるのです。奴隷として差別され、虐待されている人々は、なぜわれわれがそういう目に
  あわなければならないのかという不満を常に抱いている。
小滝 ▼ユダヤ教は現世的集団救済で、いつか「万軍の主」が派遣したメシアが降りてきて政治権力を握るということになる。
  そもそもユダヤ人は、幾度も周囲の強国に占領されて、国土を失っているんです。ですから彼らの切なる願いは、
  メシアがやってきて、周囲に負けない立派な国を作るということなんです。ただし強力な国を作りたいという
  願いはありますが、全世界をユダヤ教}色にしてやろうとは考えない。そういう意味ではキリスト教やイスラームより
  はるかに内向的です。 彼らの考えは、異教徒や異邦入の存在を前提に成り立っているのです。
岸田 ▼ユダヤ教とキリスト教の根本的違いとは、ユダヤ教では終末でやってくるのは現世的な救いなのですが、
  キリスト教では幻想的にというか、非現世的な神の国を設定して、それが終末に到来するというふうに考えるところです。
  Q  ▼ユダヤ教ではメシアが降臨した後もこの世界が続くんですね。
小滝 ▲そういう意味では徹底して現世的な宗教で、あの世は基本的にはないのです。少なくとも旧約には書かれてない。
   ーー
 ー イスラムの天国 ー  p−35
小滝 イスラムの終末のビジョンははっきりしている。やがてとんでもない天変地異が起こって、この世界は破局を迎える。
 その時にアッラーの前に引き出され律法を守ったか守らなかったかで、天国か地獄に分けられる。
 で、死者たちは、それまでずっと眠ったような状態でいて、終末が来た時に生前の肉体で甦って、裁きを受けるのです。

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10月24日(木)
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