ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4453, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー1
 一昨日の夜半に、変わった夢を二つ立てつづけにみた。これ以上の不愉快がない夢をみた。これは不徳のなせること?
もう一つが夜空の星雲をみている夢である。 それが壮大なスケールで美しく今だかって見たことのないイメージ。
何かの宇宙映画の映像が頭の隅にあったのだろう。 神の目線のような、夢でしか経験できない内的な経験である。
もっと近づいて見ようとするうちに夢が終わってしまった。 宇宙に浮いて立体的に星座の星をみている夢は初めてだが、
こんなリアルで壮大な夢をみたのに驚いている。「アバター」や「2012年」をシアターでみたのもあるか。
3Dの映画やTVで、これに近いか、それ以上の経験もできるのだろうが。 脳の奥行きの深さを夢で知らされた思いである。
こんな夢をみるとは、お迎えが近いのかもしれないゾッとする内的経験であった。内面は宇宙ということ? 
  (字数の関係でカット2011年5月26日)
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2973,超円高社会
2009年05月26日(火)
 「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
 この本は初めから終わりまで、たとえ話のオンパレードである。
下手な分析より、たとえ話の方が解りやすいことが多い。「まえがき」の一行目の冒頭から、
《 日本は世界のATMだと言われてきた。お金が必要だと思ったら、欲しいだけ、いくらでもニッポンATMから
ゼロコストで引き出しできるというのだから。そこで引き出された金は、みんな日本以外のところに流れていき、
世界中を潤してきた。21C初頭の世界的な好景気の原動力となったものこそ、実はニッポンATMがしゃぶしゃぶに
供給してきたキャッシュだったのである。アメリカ、中国、欧州、ロシア、インドが、産油国が好景気を堪能した。
                        (字数の関係でカット2008年5月26日)
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2609, サルトルについて、考えてみる ー1
 2008年05月26日(月)              ..φ(ー ̄*)カキカキ_φ(* ̄0 ̄)ノオハ
 最近は、サルトルは人気がないが、私が学生時代は最も人気のある思想・哲学者であった。サルトルといえば「存在と無」である。
その中で説かれている「対自」と「即自」と「対他」というキーワードがある。これらの言葉に出あった時の驚きを今だに
忘れることが出来ない。この言葉から「自分の裂け目」を言葉で初めて知った。
 ・そのままの存在が「即自」。 犬は己を犬と思わない。 自分が何者かを問わない存在。
 ・その己に語りかけるのが「対自」になる。自分が「?である」ことを意識して生きている存在。 
 ・そして、他人から「もの」として見られる存在という意識が「対他」。 
「実存が本質より先立つ」人間はまずは生まれて「存在」となる。その後に、それぞれの本質が作られる。
実存主義だが、サルトルは、 それで、「私」という殻から抜け出て「外に出よう」と....。 
この辺が学生時代の「私」の理解である。当時、これを読んでいるうちに少しオカシクなりかけた記憶がある。
先週は、面白いので手持ちの哲学書入門書の何冊かを引っ張り出して、サルトルに集中してみた。
なるほど大戦後に一世を風靡するだけのことがある。共産主義の理解者として、左派のイメージが当時あったが、
現在振り返ってみると、それほどでもない。 さて、この一週間で サルトルで思い出した知識といえば、
・「主体性」の哲学であること。
・デカルトは「あらゆるもの疑ってみた結果、疑っている自分、そのように考えている自分がいる、ということだけは疑うことが
出来ないのではないか」と考え、「私は考える、ゆえに私は存在する」とした。
 それをサルトルは批判をした。彼は「私が、何かを見ている」「私が何か考えている。」の「私」が疑問という。
「何か考えている」は確かだが、「私」は振りかって「反省」をしていた時に生まれる対象。つまり反省している意識とは、
意識自身を対象とする意識なのである。「私とは一人の他人」なのである
・人間は自由の刑に処されている。「人は何も決められてない投げ出されて、一から自分をつくりあげていくしかない。

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05月26日(日)
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