ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4218, 神は妄想である ー1
「こころの旅」神谷 美恵子 (著)
藤原治著の「人は60歳で何をしたか」に紹介してあった本である。 さっそくアマゾンで取り寄せ、読んでみて、
もっと早い時期に読んでおきたかったと思わせる本であった。 最近に、こういう本に出会うことが多くなった。
一冊の本に魂を入れることが出来るのである。本とは本来そういうものだろう。 それとも自身が著者の魂を
感じることが出来るようになったのだろうか。人生の旅路には、常に越えなければならないいくつもの峠がある。
(以下、字数の関係上カット、 09年10月13日)
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2006年10月13日(金)
2019, 「私」のための現代思想 −11
(。^0^。)ノ オッ (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ
我われは顔を露出することによって呼びかけている。多くの場合、「顔」を合わせることが「呼びかけ」になる。
「呼びかけ」は、常に同時に発生するが「先に呼びかけられた」と感じる奇妙な性質を人は持っている。
「自分の居場所がない」ということに人は非常に敏感である。居場所は、他者の存在によって支えられている。
《私》を支えているのが<他者>だから、<他者>が存在しなくなれば、《私》の存在そのものも危うくなります。
<他者>の「呼びかけ」に応答し、その存在を望むことが、すなわち「<他者>をもてなす」ということです。
そしてこの他者をもてなすことが、すなわち「《私》の居場所をつくる」ということであり、それは《私》の
存在を確かなものにする」ということ、そのものです。それがお互いにとって「ともに生きる」ということです。
第四章「私」にとって「他者」とは何か −?
=「ともに生きる」ということ=
−なぜ人は顔を露出するのかー
<他者>が《私》に呼びかけるということは、音声による呼びかけだけを指しているだけではありません。
実は、私たちは顔を露出することによって呼びかけています。「呼びかけ」は一方からのみ行うものではありません。
つまり、<他者>が《私》に呼びかけるということは、《私》が<他者>に対して「呼びかけ」を行ったことの帰結です。
そして多くの場合「顔」によって行われます。ここでいう「呼びかけ」は、常に同時に発生し、両者とも常に
「先に呼びかけられた」と感じる奇妙な性質を持っています。 このような現象を、私たちが「顔を露出し、
顔によって呼びかけている」ことによって発生します。人は常に「存在している」ことを前提として生きています。
「ともに生きる」こと、そして「呼びかけ」「呼びかけられる」ことを前提として、人は顔を露出しているのです。
(字数の関係上カット2008ねん10月13日)
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2005年10月13日(木)
1654, 北イタリア旅行記−5
ーチンクエテッレー
この意味は、「5つの島」という。海岸線に突き出た小さな島が5つあり、その小高いところに張り付くように
家が建てられており、その家々にカラフルな色が塗ってある。漁民が船で帰ってきた時に、自分の家を識別できるように
好みの色を塗りつけてあり、それが何ともいえない風情がある。 その岩場に細い散歩道が百数十キロ続いていて、
ウォーキングができるようになっている。 その近くを、やはり列車が通っていて5つの村に駅がある。
(字数の関係上カット2008ねん10月13日)
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2004年10月13日(水)
1289, 「元気の出る言葉」ー4
ーどん底からはい上がるコトバー1
どれだけ、どん底で先人の一言で励まされたことだろうか。 「元気の出る言葉」シリーズの中で、やはり胸を打つ言葉が多い。
読んでいて思った事は、実際あの時、果たしてどん底だったのだろうか?今回の一言は、特に気持ちをこめた。
正反合の反という意味で、後で読んだときの思いが合になる。 第三者の視点も合になる。
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■心配すんな、どうせ死ぬんだ。 (by 軌保博光)
一言〜それが解かってないから心配する! でも、死ぬことを常に忘れるな、
そこから自分の人生を見つめよという点で良い言葉。
■自分だけは自分の潜在能力を信じてあげろ。 (by 高橋がなり)
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10月13日(土)
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