ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394219hit]
■4120, オニババと、粗大ゴミ
3014, 魂とは何か
2009年07月06日(月)
「魂とは何か」ー池田晶子著 −2
何度か魂については、ここで何度か取り上げてきた。
先日、「戒名は自分で付けよう」という本を読んで自分と、家内と、二人の息子の戒名を作ってみた。
そのためか? 近くの図書館で池田晶子の「魂とは何か」という本を見つけ借りてきた。池田は二年前に亡くなっているが、
この本は10年前のリメーク版である。ここで頭脳明晰な池田晶子が、魂となると歯切れが悪い。それもあってか、
この一週間は、「魂」漬け。 魂というと、「霊」と「私」「精神」「心」が浮かぶ。「心」は、TPOSで変化するが、
「魂」は「それを見守っている、産まれ、死ぬまで変わらない自分そのもの」。池田は、ヘーゲルなどの論を借りて、
〈魂〉は「考える」より「感じる」ものだと、「思考感覚」という。魂の表現を、無理を承知で言葉にしている。
《その一部を抜粋してみる。》
ーひょっとしたら「〈私〉が魂」なのでなく、「〈私〉の魂」という言い方もなく、「魂の〈私〉」に近い。ー
*この部分も鋭く、というより頭の底からひねり出している。
ー以前、誰だったか神秘主義者の本を読んでいて、ひとりの人間を構成するものは、「肉体と精神と魂」という
言い回しがあって、深く腑に落ちたのだったが、それは正確だろう。 肉体とは個別だが物体であり、
精神とは物体ではないが非人称であるなら、その人を他の人ではなくその人たらしめている当のものとは、
他でもない、〈魂〉ということになる。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。
〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。 あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、
思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。 内容のない形式とは、
論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。
すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。
〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、
思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。内容のない形式とは、
論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。
すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。なぜ〈私〉は、この人間なのか・・・ー
▼ 魂を明快に表現出来るなどありえない。それでも何度か読み返しているうちに、少しずつ、その中心に近づいていく。
我われは、大自然に触れたり、世界的な芸術作品をみた時に〈魂が振動した〉という。実際に私も何度も、いや何十回も経験している。
あの時の「魂の振動」という時の魂とは何だろうか? べネゼイラのテーブル・マウンテンのキャンプで見た夕景。
あの荘厳な景色で感じた魂の響き。 人間を遥かに越えた大自然の時間の蓄積と、美と、荘厳な一瞬に、自分が、その中に融けて
永遠と共鳴し、「私が、いや私の先祖が産まれる遥か前から存在している命と魂が共鳴している」瞬間の「魂」とは何だろう。
登山好きの人は、早朝などに独りで、それを直感しているのだろう。 宇宙の響きというのだろうか?
・・・・・・・・・
2649, 閑話小題
2008年07月06日(日)
*凄惨な事件のあとのマンションは?
昼飯に喫茶店に行って週間ポストを読んでいたら、以前から知りたいと思っていた記事に出くわした。
最近、週間ポストが面白い。 定年を迎えたシニア(団塊の世代)にも客層を広げたようだ。
セレブのバラバラ殺人や、江東区の凄惨なバラバラ殺人事件の部屋が、既に他の住人が入居をしているという。
まずは、セレブの殺人現場になった部屋は、女性が入っているという。家賃は20万円だったが、5万円ダウンの15万円。
[5]続きを読む
07月06日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る