ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4005, 宇宙は本当にひとつなのか ー7
おおよそ大会場を二回周る。 一度目は大雑把に見て周り、二周り目は気になったところに行く。もともと店舗ショーと、
一緒に行われていたが数年前から分離、開催されるようになった。ただ不景気のためか、年々勢いがなくなっている。  
 ー今回、面白いと思ったのを挙げてみると、
*木製のカプセルホテルのベッドである。
 家具屋が忠実に防音をテーマにして作ったもの。ホテルのテナントが撤退したあとに狙いを付け提案型にしたのがポイント。 
 当方にぴったりだが、少し値段が高いのが玉に瑕だが、木製のカプセル内は寝ていても 抵抗感が無いのがよい。 
 何か押入れの中で寝ているような感覚になる。 しかし木工団地の家具屋に行って特別仕様でつくれるレベルである。
 だから提案型にしなければ、誰もが自分で家具屋と組んで作るだろう。
*次に面白いのが電子レンジ・炊飯器。
 (字数制限のためカット 2012年3月13日)
・・・・・・・・・
2007年03月13日(火)
2170, 「日の名残り」ー 2   読書日記
       (~Q~;) おはよう?? ファ?
最後にある丸谷才一の解説の中の、ある一節がよい。
彼をしてこれだけの解説をさせるのだから、カズオ・イシグロの作家のレベルを窺い知ることができる。
 ーまずは、その解説の一節を抜粋してみるー
ーヘーゲルの名文句に「従僕の眼に英雄なし」あるが、ヘーゲルは、「それは英雄が英雄でなく従僕が従僕だからだ」
と言い添える。服を着せたら長靴をぬがせたり、身のまわりを世話してくれる卑小な男にかかると、
どんな歴史的人物も偉大なところが見えなくなる。欠点しか目につかない、というわけだ。
そういう理屈で押し切ることで、ヘーゲルは彼の歴史哲学を構築した。そうしてたいていの歴史小説は、
英雄を従僕の眼で見る手法と、英雄崇拝的な民衆の眼で見る態度とをまざあわせる手法で成り立っている。ー 
▼ この文章を読むまでは「英雄の私生活はその偉業を除けば普通の人と何ら変わらない」という解釈で、従僕の卑小な眼の
限界というヘーゲルの隠された意味を初めて知った。最近、「そうだったのか!」と、知らなかったことがあまりに多い。
良く解釈すれば、知識が増えた分だけ周辺の知らないことに気づいたということになるが。 そんなレベルには、まったくないことは
自分がいちばん知っている。またいかにもイギリス的なところが書いてある一節を紹介してみよう。断片からみる文化も興味をひかれる。
≪ ー私どもの世代にとりましては、執事としての職業的威信が雇主の人間的価値の大きさに比例して決まってくると言って
過言ではありません。 ・・・ 父の世代の執事は、世界を「はしご」に見立てていたと存じます。 いちばん上には、王室や
公爵家をはじめとする、古い家系を誇る家々があります。やや下がったところに、「新興階級」が位置し、サラにずーと下がってある
位置を越えると、あとは単純に財産の多寡で上下関係が決まります。 多少とも野心のある執事は、このはしごをできるだけ高くまで
上ろうとしましたし、一般的には、高く上るほど、その職業的威信も増したと言えましょう。 もちろん、ヘイズ協会の言う「名家」の
背後には、こうした価値観が隠されていたのです。・・・私どもの世代では、この世界を「はしご」ではなく「車輪」に見立てていました。
それは、偉大なお屋敷を中心に回転する車輪なのです。中心で下された決定が順次外側に放射され、いずれ、周辺で回転している
すべてにー 貧にも富にもーいきわたります。職業的野心を少しでも持つ執事なら、誰でも車輪の中心を望み、そこへできるだけ
近づきたいと願ったでしょう。 ・・・・(中略) ー執事になりたての頃は、私も雇主から雇主へ頻繁に移動いたしました。
それは最終的にダーリントン卿に巡りあう幸運に恵まれるまで、その時どきの地位から永続的な満足を得られなかったからに他なりません。
召使部屋の火を囲んで「偉大さ」の何たることかを語り合った当時、ミスター・グレーアム、
私も、この問題にこのような側面があろうとは思いもつきませんでした。ーー
ーーーー

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03月13日(火)
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