ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3884, マネーボール ーシネマ感想
・そして、これらの仮定を元に次のように推論する。 ー> ・シカゴの世帯数は、(300万/3)=100万世帯程度
・シカゴでのピアノの総数は、(100万/10)=10万台程度 ー> ・ピアノの調律は、年間に10万件程度行われる
・それに対し、(1人の)ピアノの調律師は年間に250×3=750台程度を調律する
・よって調律師の人数は10万/750=130人程度と推定される
フェルミ推定では、前提や推論の方法の違いによって結論にかなりの誤差を生じることもある。
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以上のような推定と実際の数値が、変わりないというから驚いてしまう。先日、新潟駅南のジュンク堂に
「フェルミ法則の事例訓練」の本があった。迷ったが買わなかったが、面白そう。推論の訓練も面白いだろう。
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2779, アメリカは、どう転んでも、最小の損失!
2008年11月13日(木)
こういう微妙な時期には「産経新聞」と「毎日新聞」の論説の方が、読売、朝日、日経より筆先は鋭い。
サブプライムローンの、問題の深さを解りやすく説明しており、民主党のオバマのスタッフが、クリントン時代の
面々が返り咲き、国債の「奉価帳」を回してくることを予測する。 今度の緊急サミットも、そのために使われるだろう。
アメリカの消費バブルと、中国が生産バブル、そして日本が金利ゼロの金融供給のバブル、それが一挙に破裂したことを
解りやすく書いている。 一番の加害国のアメリカは、実際のところ、大恐慌になっても、ドルもアメリカ国債の価値が
失墜しても、あまり困らないのである。損失は紙代だけという穿った見方もできる。 困るのは、紙を溜め込んだ日本と、
中国、そしてアラブの連中だけ。だから、アメリカの脅しにのり、更に紙を引きうけ、セッセと生産品を送り続け泣けれ
ならないのである。 その結果、待っている事態は、戦争であある。 −まずは、その内容から
(字数の関係で中間カット2009年11月13日)
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2007年11月13日(火)
2415, 閑話小題 才ノヽ──d(∀`d*)─(*b´∀)b──
*古着の処分*
今まで、古い背広を思い切って処分をした記憶がない いや、数年前に処分したつもりであったが、よく見たらまだ何着もあった。
(字数制限のためカット2010年11月13日)
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2006年11月13日(月)
2050, あたりまえなことばかり −6 \(≧ロ≦\)オハヨウ! サン
著者の幸福論もシンプルで解りやすい。幸福など観念でしかない、観念をカタチに求めるから‘こんなはずではなかった’
という結果になってしまうのである。それはあれ等、軽いタレント同士の結婚の破局をみれば分かることだ。
家庭内を含めると半数以上の夫婦間が破局するのも、このような無知からきている。 まあ、相性もあるが・・・
幸福論は、格言以外あまりまともには読まないが‘付随してくる感情か、自分を納得させるための方便’にしか考えてなかった。
この著では、タレントとか有名人の表層の幸福のカタチは、動物レベル?になるが・・
コミックとしてしか誰も観ていないか、いやまともに見ているから恐ろしいのか!
「あたりまえなことばかり」
・ 幸福はどこにあるのか ー
何ものでもない心の状態としての幸福というものを、ほとんどの人は物質に似たものとして人は思い込んでしまう。
人は「思い込みの動物」である。 動物存在として「カタチあるもの」をのみ幸福と思い込むのは自然である。
そのレベルでは、目に見え、触れるもののみが存在する。生存するために存在する。しかし動物は、そのような自身のありように
自身のありようを問わないであろう。人間のみが、その生存において、自身の孝・不幸を問う。このとき、その理由によって
孝・不幸は一つの思い込みになる。カタチあるものを、カタチない孝・不幸と同じように、カタチないものを、カタチあるものに
孝・不幸を求めてしまう。カタチなきものを、カタチあるように思い込む、 の思い込まれる思い込みを、通常は「観念」という。
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11月13日(日)
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