ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3719, ジャズについて −11
世間からは今や相手にされず、酒を呑んでは金を無心し、どうしようもなくなると妻の髪の毛を引っ張り回すなど暴力を振るった。
ギャア、ギャア、と悲鳴をあげながら逃げ回る母を、追いかけては殴る蹴るの乱暴をはたらく父を、娘はどんな思いで見ていたのだろう。
飯場の同じ屋根の下に暮らす住み込みの料理人の老婆だけがその光景を目撃している。その夜、母と娘はどんな思いで飯場の寮を出て、
どんな思いで川辺までの道を歩いていったのだろう。生きる望みもなく夢もなく希望もなく、どんな言葉を二人は交わしながら
川辺の道を進んでいったのだろう。妻は、もうこれ以上、男から逃げきれないと観念したのだろうか。
娘には心を動かす好いた男の一人もいなかったのか。母と娘はどんな気持ちで冷たい川の中へと入っていったのだろう
(二人の死体からは、一切の薬物反応も検出されていない)。 それを思うと、この母と娘が不憫でならない。
(字数制限のためカット2011年6月1日))
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2007年06月01日(金)
2250, 耐震偽装 ?6
(@⌒ー⌒@)ノおはよ?
検察の権力への傾斜は仕方がないが、「見せ金」で逮捕は異常である。
それも権力者擁護の露骨な尻尾振りの姿は、自らの存在意義を忘れた憐れな哀愁さえも感じとれる。
税務署員が自らの成績を上げるための、あの醜悪な行為に酷似している。
この一連の常軌を逸した行為は、歴史に残るスキャンダルである。 安部は間違いなく短期で消滅する!
(字数制限のためカット2010年6月1日))
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2006年06月01日(木)
1885, 友、遠方より来る
おっ w(゚Д゚)w ハァョ?
一昨日、静岡の島田市から学生時代の友人が遊びに来て一泊していった。
37年ぶりにジックリとそれまでの人生を話あったが学生時代の友人はよいものだ。
午後は新津のフラワーガーデンと、北方博物館、福島潟を案内、夜は新潟駅前と古町で一時過ぎまで飲む。
昨日は車で弥彦まわりで長岡までドライブをしたが、親会社の重役が亡くなったと電話が入り、早々帰っていった。
来年のゴールデンウィークに、今度は私が島田に遊びに行く約束をした。あの辺りは、東海道53次の幾つかがあり見所が
あるようだ。39年前に欧州に同じグループで行って知り合った友人。一ヶ月の共同生活は、数年間の下宿生活と同じ位の
親しみをおぼえる。トヨタ系の部品の関連会社の子会社の社長をしている。やはり欧州友達の深井氏が10年前に
亡くなったことを知らなかった。彼が言うには、東京から名古屋までの東海ベルトラインは好景気という。
その地域を除いた地方は酷い状態ということが一つピンとこないようだった。実際に飲み歩いた店に殆んど客が入ってないのをみて
少しは理解したようだ。現在考えてみても、多彩な友人に恵まれていた学生時代だった。丁度、昭和40年代前半で高度経済成長期の
真っ只中であった。「学生時代の自由な時間の中で何をどれだけ学んだか、そして多くの人と議論できたかどうかで、人生は決まる」。
人生を振り返って高度成長期に青春真っ只中に重なったことは幸運であった。
島田の友人と会ってみて、つくづくそのことを実感する。この再会も一期一会である。50歳を過ぎてから何ごとも、
そのの気持ちできたが・・ 彼を見ていて、「人生にはつきがあり、ついている人はどこまでもついてまわるもの」と思った。
何代も続いた環境から身についた人間性と、情報と、生活環境が、運をつくる。できうることなら、つきのある人間とだけ
付きあうべきだ。ツキのある人間になれるか?般若心教を暗記するとよい!というが・・それか「自分はついている!」を
口癖にするとよいというが・・ 親は子供の鋳型というが、鋳型の悪いのはどうしようもない?(*^ワ^*)
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2005年06月01日(水)
1520, わたしの酒中日記ー1
「酒中日記」という、色いろな文筆家の飲酒に関わる切口の随想を読んで、わたしの酒中日記を書いてみたくなった。
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06月01日(水)
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