ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3504, 10−10−10 ー④
 「オレの人生はなかった!両親が先生で、今も90歳近いのに矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」 
  という言葉が重く聞こえた。   
   ーp.121ー
  ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。
 「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口が
 あらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。
 けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。
 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、
 たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。
 人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ
 個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも多くの風景にせっし、
 多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと「わが道」にたどりついたとき、
 すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・」
  ーー
 人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だった。
 「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。佐藤優の文章が心を打つのは、
 決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。   
 そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。 まわり道の中でこそ、個性ができるのである。                                                                             honnja ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・
2006年10月29日(日)
 2035, 躁鬱病について −3
      (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
 世界には躁鬱病状態で芸術活動をつづけた人が多くいる。ドイツの作家のゲーテが、その代表例である。
・18歳から亡くなる83歳まで、躁状態が八回、鬱状態が五回あった。当然、そう状態のときに創作活動が活発に行われた。
・ロシアの作家のトルストイも、82年間の人生の最後の30年間は、躁鬱を繰り返していた。
 鬱状態のときに、構想を練り、躁状態のときに、一挙に書き上げるというのが創作活動に必要なことかも知れない。
  そういえば、一番危ないのが「初老性うつ病」がある。60歳直後あたりにくる「うつ病」である。
 「自分の人生、果してこれでよかったのか?」という疑念と、老齢への体質の変わり目が、重なることが原因である。
 特に何も考えず、ただ平々凡々と生きてきた反動である。神様が「そういう人には、厳しくあたる」のも至極当然である。
 この時期に、それまでの無理がたたって、胃潰瘍、高血圧、癌、糖尿病など体内のホルモンや神経系が乱れる時期と重なり、
 それらが意欲の低下や、不眠症も加わり、うつ病になりやすくなる。 特に癌からなりやすくなり、四分の一にのぼるという。
 昔は、うつ病は「神経衰弱」と言われていた。見るところ、資産家など恵まれた環境に人はうつ病になる人は少ない。
 その対極にある、頭を使わない末端労働者の二種類の人種も少ない。
 我がままを許される階層と、末端で生存欲求さえ満たされればよい階層は、ノイローゼなど関係ないのである。  
 その意味で中途半端な人や、生真面目の人がなりやすい。 居直ってしまえばよいが、その居直ることが出来ない。
 それと女性が男性の二倍の確率になるのも特徴の一つ。 発散する機会が半分以下?と、身体の構造の違いもある。
 「一人遊び」の出来る人は、ノイローゼになりにくい。独りの世界で、ストレスを解消できるからである。

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10月29日(金)
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