ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3449 秘・異郷の旅、よもやま話 -6
また死者の体を包んだ灰の中が空洞で残っていて、そこに石膏を入れた「人間の型」が気味が悪いほどリアルに並んでいた。
そこに立っていると、タイムマシーンでポイと瞬間移動してきたような気持ちになってしまうのである。
この本は立花隆と写真家の須田慎太郎が、1982年に40日かけて行ったギリシア、トルコ取材をもとに出来た本である。
(出版までに20年以上を要した理由については本書にその経緯が記載されている。)写真家の須田氏の美しい写真と、
立花氏の紀行文がなかなかよい。ゼウスと人間の女の混血児であるディオニュソスの不完全な不死性と、イエスの復活神話や
「一粒の麦もし死なば」という教えとの相似性。 アジアの地母神信仰がギリシアのアルテミス信仰に変容し、それが
さらにキリスト教のマリア信仰に姿を変えたこと。新約聖書「ヨハネ福音書」の「初めに言(ロゴス)があった。
言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。」
というくだりが、新プラトン主義哲学のロゴス論を下敷きに書かれたことなど・・。ギリシアの神々は、一神教である
キリスト教の成立や普及過程において、形を変えてしぶとく生き残っていったということが、この本を読むとよく分かる。
・・・・・
2006年09月04日(月)
1980, ある首斬り役人の日記 −2  \(^▽^*)おはよう         
               −読書日記
 HPで「首切り」と検索したら、イラクの首切りの生々しい映像が出てきたのには驚いた。
 さすがに首切りの場面は見なかったが・・ 更に、次の内容があった。 
  ー日本の首切り役人のことを書いた内容であろう。
罪を犯したある男が首切り役人に首を刎ねられる羽目になった。この男は最後の最後まで抵抗し、
たとえ首を切り落とされても執念でお前を末代まで恨んで、祟ってやると罵った。 
首切り役人は、「そう思うのなら切り落とされた首で自分の草履をくわえてみよ。それが出来たならお前の言葉を信じよう」
と言った。 刎ねられた首はコロコロと転がり、男の言ったように草履をパクッとくわえた。 その形相の凄まじいこと、
この世のものとも思えなかったという。 周囲の人々はこの様を見て怖れおののき、これは祟りがあるに違いないと感じた。
事実その後、そんな噂が広まった。ところがこの役人はこれをせせら笑って「そんなことがあるわけがない」と気にしなかった。
あまりの自信に何故怖くないのかと尋ねると、「あの男は最後の怨念を草履をくわえるということに使い切った。
だからもう私を恨むことは出来ないのだよ」日本では「首切り浅右衛門」が有名である。事実は、小説より奇なり!である。
 ーー
298の項目からなる書の中から、印象的な項目を抜粋してみる。 
 38、1579年8月6日
  ハンス・ビューヒュナー、ーファレンバッハ出身。  ゲオルク・ガーブラー、ー シェーンフェルト出身。
  ミュッヘル・ディーテリヒ、 ーベルニッツウィン出身、別名・辺境伯。三名とも泥棒。 打ち首の上、車裂きにした。 
  哀れなのは辺境伯の妻。 哀れな引き回しの罪人を見ようとして、その中に自分の夫を見てとった。
  彼女は夫の首っ玉に抱きついて、口付けをした。自分の夫が捕らわれ、そのような一味であったのを知らなかったのだ。
  ーこれを読んでいると、数百年前の欧州の片田舎で起こった悲劇が目に浮かんでくる。大悪人の処刑を見ようとしたら、
  まさか自分の夫とは!立場が一瞬にして大逆転をしてしまった悲劇は、ドラマのようである。
 82、1584年7月7日  バイエルシュタインの妻アンナ、ニュルンベルク市出身、
  別名モーザー・アンネラ。彼女は夫ある身なのに、いかけ屋という名の父親や息子といかがわしい行為に耽った。
  そのほか同じように妻ある男や若い職人たち21人といかがわしい関係を持ち、彼女の夫がそれを助けた。
   その件で立ったまま打ち首の刑に処した。  その夫はムチ打ちの刑を受けた。
   彼は聖ペトロ教会の彼女の墓近くの石塀に、白墨で次の文句を書きつけた。

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09月04日(土)
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