ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3442, 我が家に新しいTVが  −3
 ・・・干渉されることなく自己の能力と才能を発揮したい人にとっては、
 この国(アメリカ)は理想的な国である> −そう思うから、良いんじゃないのですか? 違う?ー
   (以下、字数の関係でカット 09年8月28日)       ○´・ω・]ノ ヂャァネッ !
 ・・・・・・・・・
 2006年08月28日(月)
1973, 三回目のケニヤ旅行 −1
ケニアに行ってきた。 家に着いてまだ二時間だが、現実に帰る前に書いている。
これでタンザニアに行った時に通過したことも含めて4回目になる。旅行をしていて気づいたことは、三回で充分。
タンザニアのセレンゲッテーか、南アフリカのオカバンゴにすべきであった。
といってもケニアの大地は、そこにいるだけでも精気を充電でき、バカンスとしては十分に満足できた。
 今回のハイライトを印象度から書いてみると
①まず初日のサンブルのサファリでみた、豹のペアリングである。
 これは、プロのカメラマンでも、ほぼ見ることが出来ないもの。 これだけでも、
 今回の元をとってしまったといってよい。(しかし、初日に何枚か撮った写真を間違えて全て消去してしまった。)
 仲間内のSDカードをコピーしてもらったので、何とか・・・
②マサイ・マラの夕景も良かった。あとで写真を掲載するが、マサイの夕陽は何ともいえない哀愁がある。
 そういえば以前のヌーの河渡りのウォッチングの帰り道の夕景の小高い丘の光景を思い出した。
 一匹取り残された足の折れたヌーが怯えて、神経質に周りを見渡していた姿。
 夕景は死の間近を暗示、 足の折れた姿は病気を、一匹取り残された姿は孤独を、
 人間の死期を悟った時の心象風景そのものである。夕陽の赤に近いオレンジ色は、朝日の色にも似ている。
 死と生は酷似しているのだろう! 今回の夕景は 2~3日うちに掲載予定。
③いつも感動するのが、ナイロビからマサイマラに向かう道路からみる大地講帯の広大な風景である。
 それも、どんどん変わっていく風景が素晴らしい。 これも見ているだけでも心が洗われる。
④アバーディアのサファリで見た、小さな川での二匹の象の水場での争いも
 印象的であった。一匹の象が水を飲んでいるのを後できた象が待機していた。
 やおら飲み終えて帰ろうとしたのを見はらかって、待機をしていた象が歩き出した姿を見て、帰るのを止めて後ずさりをして
 その象を頭で押し返してしまった。さらにその河水飲み場に糞をして嫌がらせをした。何か人間の浅ましい姿に似ていた。
⑤サンブルでの、変わった動物が次から次へと見れたことだ。
 特に印象的であったのは、網目キリンと、オリックス、ディクディク、ゲレヌクなどが印象的であった。
 前回の、ヌーの河渡りの時も、そうだったがアフリカに来る人は癒しを求めてやってくる。
 あの大地は、そこにいるだけで心が洗われる思いになる。 今回も、充分過ぎるぐらいの精気をいただいた思いである。
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2005年08月28日(日)
 1608, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−1
またまた斉藤孝だが、文藝春秋・7月号<日本人「上機嫌化」プロジェクト>が面白い。鬱々とした空気の現在の日本で、
読めばみるみる元気になる方法を書いている。少しふざけた文章なのだが、合点がいく。戦後、日本はバブル崩壊までずっと
右上がりの経済成長の環境を背景に、前向きな熱気の中で生きてきた。失われた10年いや15年とかいう右下がりの時代になって、
全員が自信を失い、前途に明かりを見出せないでいる。著者は、この文章で、日本人の本来持っているエッセンスを抽出して、
社会全体で確認しなおす必要性をといている。そのエッセンスとして次の6つをあげている。
「上機嫌文化」「子供文化」「とにかく流す」「身体からはいる」「気づかいを育てる日本語」「はかなさを愛でる」である。
 その中で特に面白のは、「上機嫌文化」である。最近は世界でも有数な欝病気質だといわれる。 不景気のせいだが、
これは本来の日本の姿だろうか。私の過去を振り返ってみても著者のいう「上機嫌文化」が背景にあった。

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08月28日(土)
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