ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3439, 「うち」と「そと」という、考え方
{いずれ死ぬのなら、何で「いま・ここ」に集中して生きる必要などあろうか?}という投げかけの言葉も道理である!
生死の問いかけになる。「死んでしまえば、それまでよ!」も、生き残った此岸から彼岸へいった死体に対する、
思い込みでしかない。まあ、哲学は哲学でも、この人はあまりに嫌世過ぎる。
でも、甘ったるい人生論より余程面白いし、考えさせられる。心の奥に、「所詮は死んでしまう!ケセラセラ」という、
中空を持っていないと、現実に振り回されてしまう。「飯喰って、糞して、死ぬだけ、人生は!・・所詮死ぬのだから」
ーP・11
(字数の関係でカット08年8月25日)
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2006年08月25日(金)
1970.事業百訓 ・・・? ー1994年
H0601新年にあたり
(目先の流れを間違わないように!)潮流は大不況である。
−以下、字数の関係でカット(2007年08月25日)
ーH0603 海外旅行ー
二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。
私の趣味の一つといってよい。海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。それぞれ全てがすばらしい。
違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち
感激しなければ理解できない。初めて旅行したのは昭和四十二年、海外旅行が自由化された翌年だった。
大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、
旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、
英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。また欧州の文化文明に大きな
カルチャーショックを受けた。帰国して数ケ月はただ呆然としていた。二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば、
人生の一大転機のきっかけになった。 それだけ感激とショックは大きかった。
ーH0603ゴネ社会のカラス達ー
ーH0605 般若心経のすすめー
ー以下、字数の関係でカット(2009年08月25日)
ーH0605 事業百訓ー
432 長い人生において、誰しも受け入れ難いことに遭遇するときがある。
真正面よりたち向い頑張ろうとしても、のり超えられないときもある。
そんなときは「こうあらねばならない」というタテマエを取りのけて、
あるがままの自分を受容しないと挫折してしまう。
涙というものは、頑張りをはずし、無理のない自然な自分を再生させる。
そんなエネルギーを持つものかもしれない。 −吉村はそんな事を考えたものだった。(涙による再生−柳田邦男)
433 “日本はトルコ以東において西洋人に侵略されなかった唯一の国である”という。
外国政府に対して日本人が他のアジア人と違い異常な緊張力を持っている。
内陸戦争になれば、こういう無数の侍と戦わねばならぬと、 まず第一に物憂く思った。(司馬遼太郎)
434 以来40数年僕の一応の答は「人間は不自然な動物である」、動物は自然に適応する為に自らを変化させてきた。
ところが人間は自然のほうを変えて文化文明という反自然的な 環境をつくり上げてきた。(河合隼雄)
上記より考えてみると、 数千年か数万年スパンで人類のつくりあげた不自然な文化文明は、
すべて消滅する運命にあると考えるのが自然である。
435 ある日突然“進化論”に関する本を読んでいた時、ある活字が矢のようにとびこんできた。
私達を形作る宇宙の原子の数は10の80乗と見積もられているが、宇宙のはじまりより現在までの時間は、
秒単位で10の80乗と推定される結果、原子の配列と時間の配置に同じものは絶対に起こりえない。
−私は気の遠くなる孤独感におそわれた。自分と同じ生きものは過去150億年にはいなかったし、
今後50億年をすぎ、太陽が爆発しても同じ生きものはあらわれない…
(脚本家−橋本忍−時の流れ−より)
ー以下、字数の関係でカット(2010年08月25日)
ーH0607 ケニア・サファリ紀行
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08月25日(水)
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