ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395223hit]

■3330, スモールハッピネスの「少年ジャンプ世代」
  この十年間については、悲観論を主張していれば、そのスポットが来るのは当然だが。
・・・・・・・・・・
2007年05月08日(火)
2226, いい男とは? ー2
             (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァヨウ♪
この本「女は男のどこを見ているのか」で一番面白く印象に残ったのが、次の一節である。
〜「先ほど、猫との約束でも守らなくてはダメと申し上げたが、一回くらいの約束を破っても許されるだろうと考えるのは、
浅はかです。これもダメです。釣り銭をごまかすのも、小額だからとか、誰にもばれないのだから一回くらいは許される
だろうというのもダメです。今月はお金がないから釣り銭を余計にもらっても許されるのではないか、
という言い訳もダメで、たった一回のの言い訳や裏切り行為が、あなたの心をダークにしてしまうからです。
一回の悪い行いは、100回の良い行いに相当します。やると決めたら徹底して清く生きないと効果ありません。
たった一回の不誠実な行為が、心を汚し、気持ちの悪いサインとして、貴方の体から発信されてしまうのです。
自分に対する信頼というものは、100?でなくてはならないのです。もし、ここにスリル満点のジェットコースターがあって、
100回に1回は脱線してしまうとしたら、貴方は乗るでしょうか。約束を守る、とはそういうことです。」 (p154)
解)「一回の悪い行為が百回のよい行為に相当する」は、多くの示唆がある。経営がそうである。どんなに巧く運営していても、
少しのミスで全てを失ってしまう。チョッとした運転ミスが致命傷になる自動車の運転ミスと同じである。〜
  ーー
ー今ひとつ面白い部分を紹介してみよう。
「『スターウォーズ』の二作目の[帝国の逆襲]のなかで、ルークがヨーダという900歳のジュダイの指導者と修行する場面で、
≪字数制限のため、カット2010年5月8日≫
・・・・・・・
2006年05月08日(月)
1861, グーグル Google
    おっ w(゚Д゚)w ハァョ?
              ー読書日記
「グーグル Google」 文藝春秋  著者 佐々木俊尚
  (字数の関係でカット09年05月08日)
・・・・・・・
2005年05月08日(日)
1496, いま・現在について?4
 「記憶のない男」ーDVDレンタル
レンタルDVD で観た「記憶のない男」が、「いま」と「私」を考える上で面白い内容であった。
 ー知らない街に仕事を捜しに来て、暴漢に襲われて記憶を全て失った中年男の物語ー
それぞれの人の「いま」は、それぞれの過去を背景を持っている。過去が記憶喪失で失われた場合、
その人の「いま」は無いに等しい。ストーリーの中では、そこまでは表現しつくしてはいなかったが。
しかし、その空白を「いま・現在」という現実の中で、必死になって埋めようとする主人公の心を、静かに淡々と映し出していた。
過去の想起がなければ、[私]は存在しないに等しい。動物に[私]はない。それは想起ができないからである。
もし自分が過去の記憶をなくしたら、「いま」という感覚は希薄になる。青年時代の日記を偶然倉庫で発見。 
それを、悪趣味的?に、この随想日記で露わにした。その過去の「いま」を、思い出せば出すほど、現在の「いま」との
重なりが見えてくる。そして現在の「いま」がより濃く深くなっていく。 それは現在が過去より成立しているからだ。
過去や、未来より、「いま」が全てだと考えがちだが、過去も未来も重要であることを教えてくれた映画。
{「いま」を人間の手とすると、過去と未来は人間の身体}と例えると解りやすい。手は手としては存在し得ない。
手はあくまで身体の一部でしかない。記憶喪失とは、「手そのものしか自分を感じ得ない」ということだ。
身体全体が失われた感覚は想像しただけで恐ろしい。そこ(いま)には、「私」はないに等しい。
[いま]に集中するということは、過去と未来にそして「楔」を打つことである。楔を打つことは最も重要な行為である。
しかし全体の構造を考えて打たなくてはならないのである。今上の人生、来世のことは考えない方がよいのか? 

[5]続きを読む

05月08日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る