ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3315, アポリアと空とぼけ
 だって、信者になるということは、自分は神に選ばれた、皆とは違う人間だってコトなんだろう。
 その選ばれた信者が、神の前に皆平等と説くなんて、やっぱり変じゃないか。
釈迦: 私は衆生を捨てておけなかったのです。ソクラテス:たとえ騙してでも?
釈迦:よしてくださいよ。ソクラテス:だけど、あなたも知っているとおり衆生はワカラナズヤだぜ。
 これは差別ではなく、事実を言っているだけだが、 自分ってものはなかなか捨てられないものだぜ。
  ・・・
ソクラテス: 宗教的なものとは、そも、一人っきりの心と、神なり仏なりとの間か、すごく孤独な何かだなんてこと、
 君たちには言うまでもないよね。なのに、なぜそのとき、他人の救済やら互いの平等やらが問題になることができるのかと、
 僕は思うんだ。 それぞれの人間が、それぞれの仕方で、神や仏と付き合ってはなぜいけないんだろうね。
イエス: だって、それじゃ宗教にならないんじゃないですか。
ソクラテス:だから宗教は詐欺だって僕はいうんだよ。教団や運動になった宗教なんて、大ウソもいいところさ。
 まして、言葉の数は限られているんだ。不特定多数の人間に一方的に語る仕方じゃ、一つの同じ言葉がそれぞれの心に
 どんなふうに受けとめられるかを確認できない、回収できない。集団をまとめる力には十分になるだろう。
 しかしそのための神や仏なら、話は逆になるってね。
イエス:やれやれ、さしずめ私は、詐欺集団のボスってとこかーー。
 いや実のところ私の弟子たちも、どうももうひとつ分かりがよくなくってね。
 なにしろこの私を拝むなかれ!、と私が説いた当の偶像を仕立てあげてしまった。全く相手をみて説かなくては!
ソクラテス:それが大原則だよ。それが「縁」だよ。
 僕には何が理解できないって、死んじまったあとに救われるヤツ、救われないヤツというあの考え方だ。だってそうだろう、
 この世の自分こそ、この世の当に原因なのに、その自分をわざわざあの世に連れて行ってまで、何で救われることがあるんだろう。
 あんなヤツは地獄に落ちるぞって腹立ちまぎれにせよ、死後こそ天国で楽にしてやろうって目論むにせよ、死後の差別で今の
 自分を救おうって考え方は、どうしても無理があるよ。死んだ後には天国も地獄もありはしない。
 しかし無もまた考えられないってハッキリ教えて、深く困惑させてやる方がよほど救いになろうってもんさ。
 譬えで語るのも考えものだよ。
釈迦:いえ、あながちそうとも言えないものでございますよ。いかなわからん人間であれ、
 その生涯を生きてゆくにつれて、次第次第にわかるようになるものであることは、
 あなたも認めになりましょう。はっきりとわかる、ありありとわかる、涅槃に覚醒する
 そのときまで、私たちの魂の成長は、来世、来来世まで続くものと言えましょう。
 そして、たとえばあなた、そしてこの私、幾世かを経て、もはやこの世の自分に執着しない、
 そのことによって以後煩悩の六道輪廻に落ちることなく、救いは今のこの場で成就している
 のでございます。・・・・
    ーー
解)「宗教的なものとは、そもそも一人っきりの心が、神なり仏なりとかの間に生じる
  非常に孤独の中に生じる神聖な心のはたらき」である。
  毎朝、起きて直ぐに仏壇の前に座り、数分間、一人お参りをしている。
  その時つくづく思うことは、坊様とは何ぞや!ということである。
  自分が魂を込めて参っていれば、形式としての坊様のお経など必要がない。
  日蓮宗とか、何じゃらかんじゃらは、何だ?というのだろうか?、と。
  家制度が崩壊し始めた現在、やはり仏壇と、盆暮れの墓参りは必要なことかもしれない。
  しかし、・・江戸幕府が体制維持のため、坊主をつかい百姓などを管理させた名残りが檀家制度である。
  それを最大限利用したのが・・まあ、止めておこう!何時お世話になるかもしれないから!?
                            (θ_θ)ノバイ?
 ・・・・・・・・
 2006年04月23日(日)
1846, いくらかかるの? 結婚のお値段

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