ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3276, 大暴落 サブプライムに潜む罠
拘置所内での生活は、中世の修道院のようです。中世の修道院や大学では、書籍は一冊しか所持することが認められず、
それを完全に習得するか、書き写した後に次の本が与えられるシステムだったそうです。拘置所もそれにかなり
近いところがあります。 私本については三冊しか房内所持が認められていません。・・・・
案外、現在の環境で少数の本を深く読む生活も気に入っています。・・・・
禁固刑ならば、書籍の差し入れと筆記具の使用が認められるとの条件の下で、何年でも耐えられるような気がします。(p40)
拘置所生活も自分でリズムを作ってしまうと、それなりに楽しいです。過去数年間、否、十年以上にわたって、
腰を据えてしたかったけれども、時間に追われ、できなかった勉強をするよい機会です。
・・・・外に出て、将来家を建てることになったら、東京拘置所の独房にそっくりの小部屋を作り、思索と集中学習用の
特別室にしたいと考えています。それくらい現在の生活が気に入っているということです。 (p63-64)
おそらく、「拘置所は学習と鍛錬の場」と自分で決めてしまったからでしょう。食事もおいしく、集中して勉強できる
現在の生活を私は心底楽しんでいます。保釈の必要ありませんし、接見禁止が続いていたほうが会いたくもない
面会希望者との会見を断り、気まずい関係になるよりもずっとよいです。(p69)
この制約をどのようにして利点に転換するかをよく考える。恐らく、記憶力、構想力の強化ということになると思うが・・・。
しかし中世、近世と較べれば、文明の恩恵に浴している。紙もほぼ無制限に使えるし、図書も十分に入手できる。
ボールペンという文明の利器もあり、夜は電灯の下で勉強できる。概ね、戦前の学者よりも恵まれた環境にあると見てよい
(特にボールペンの点で)(p82)
ある意味で、拘置所内での生活は、夏目漱石の「それから」における代助、
「こころ」における先生のような「高等遊民」の世界に似ていると思います。(p112)
(以下、字数制限のためカット、 2010年3月15日)
・・・・・・・・・
2006年03月15日(水)
1807, 新書と文庫について
おっ w(゜Д゜)w ハァョ?
「いまどきの新書」永江朗著ーを読んでいたら、新書と文庫について書いてあった。
新書が大きく変容しているのを実感していたので、その内容に注目をした。
そこで、それをベースに「新書と文庫について」纏めてみた。
ーー
書店には新書と文庫のコーナーがあるが、新書と文庫は少し前までは、地味な存在であった。
デザインは、書店ごとに統一されていて似たようなもの。テーマも[学術・教養もの]と呼ばれていた。
新書・文庫という形態は、岩波書店の岩波新書・文庫が始めたもの。
岩波新書は現代的教養を、岩波文庫は古典的教養を集めた。相手は主に学生で学校の先生を次のターゲットにした。
ところが、最近になり新書が大変身をしてしまった。多くの出版社が新書を作るようになり、岩波新書、中公新書、
現代新書の御三家に割ってはいってきた。 (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
値段が安いことがうけ、古典的教養書という意味あいは薄れ、軽いエッセイや対談や、
趣味的な旅行本、写真集や、はてはマンガ本的なものまで新書として出版されだした。
不景気や印刷技術の向上や物流の合理化を背景として、何処でも読みやすい小型本としての手軽さが受けてきた。
またデジ・カメや印刷の高度化で安価に写真などが新書に、掲載できるようになったこともある。
本屋も、文庫本のコーナーを拡充して、文庫本を平置きして買いやすくしている。
学生時代買った新書本が今でも自宅の書棚に多く残っている。小型で場所をとらないので残しておけたこともある。
中公新書の加藤秀俊『整理学』、川喜多二郎の『発想法』 講談社の現代新書の立花隆『知のソフトウエア』
岩波新書の梅棹忠夫『知的生産の技術』など、懐かしい本が2百冊位が捨てられることなく並んでいる。
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03月15日(月)
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