ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3251, 新・マネー敗戦 −2
家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの同じくらいの友達のところに行った。
やはり最近できた大きなビルのところの子だ。 何か遊んでいると楽しい!
その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、
お母さんが「落第したのかもしれないけれど、そんなことがないはずだが・・」と言う。
ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と
近くにツリーの飾りを買いに二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。ツリーに吊るす色いろなものを二人で選んだ。
小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。
ラジオのクリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと飾りつけた。ツリーの電飾がいやに奇麗だ!
こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。 あれは誰だろう?
翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。
突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。何処に行ったのだろう、皆は!白い靄がかかり、
の中で恐ろしさが襲ってきた。目をつぶって白い布団を被った。目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった。
(o ・д・)ツ バイ!
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2006年02月18日(土)
1782, ウオーキング・シューズの話
(字数制限のためカット 2010年2月18日)
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2005年02月18日(金)
1417, 新シルクロード
数年前のツアーで、北京からウルムチに飛行機で飛び、そこからタクマカラン砂漠を眼下にみて、ホータンに渡った。
ホータンからはバスに乗り換えて、シルクロード南道を一路カジュカルに数百キロ走った。
右にタクマラン砂漠を見ながら何処までも続く道は、25年前にNHKが放送をした時に見たシルクロードの景色が続いた。
荷車を牽いたロバと老人の姿が印象的である。1980年に放送され、大ブームを呼んだNHKの大型紀行番組
「シルクロード」が、25年ぶりによみがえった。前作では平均視聴率20%を超え、喜多郎のテーマ曲も話題を呼び
シルクロードブームを起こした。当時は遠い遠い異国のイメージであった。25年後の中国の民主化と、経済発展と、
西域での遺跡発掘の進んでいること、などから新シリーズが企画された。日中共同制作の「新シルクロード」
(中国編全10回)として、この1月から1年間にわたって放送を始めた。既に二回放送されたが、見ごたえのある内容であった。
一回目は、1980年から放送され大ヒットしたNHK特集「シルクロード」に記録された映像と同じ地点にカメラを据え、
風景の25年間の変化を描いていた。さらに映し出された人物のその後を徹底的にリサーチ
・天馬のふるさとで撮影された20歳の花嫁は? ・南疆鉄道の機関車運転手は? ・カシュガル大バザールの楽器職人一家は?と、
以前の続編という構成である。そこには四半世紀を経た現代中国の変ぼうがあった。
第2部ではシリーズの音楽監督を務める世界的チェロ奏者ヨーヨー・マに焦点を当てていた。
彼は2000年からアジアを中心にした音楽家集団「シルクロード・アンサンブル」を結成、世界各地で公演を行っている。
彼らの活動と民族楽器を多用するテーマ音楽の作曲過程を紹介、「シルクロードという言葉は現代にあっては相互理解を
意味する象徴的な言葉として使用されるべき」という、ヨーヨー・マの考えを伝えていた。パラグライダーでの低空撮影や
CG映像、映画のような再現ドラマなどを活用。「臨場感あふれる歴史エンターテインメントを目指した」とプロジュウサーの
コメントもあった。1月2日放送では、タクラマカン砂漠・楼蘭の一角にある4000年前の墓地の遺跡・小河墓の発掘に密着。
約70年前に探検家ヘディンが発見した後、忘れられていた。それが2000年に再発見され、発掘が始まった遺跡だ。
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02月18日(木)
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