ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3184, 久々のジョーク ー7
同じ質問を呆けて亡くなる前の母親に同じ頃したところ、やはり「充分すぎるほどとりました!」との返事。
「生きるに値するか」と、「生きた元をとったか」は確かに違う!
しかし、「生きるに値するか」の質問よりも人生の価値を考える時に深い問いになりまいか。
人生の元をとったか?はー充分人生を生きたか?と同じ。
ショウペンハウアーは、人生は生きるに値しないという嫌世家だが、その慰めは芸術で一時期でも
紛らわせることができるとした。 このような難しい問題を気楽に扱うこと自体に問題がある。
答えなどある訳がないのも解っている。しかし、これは生涯自問自答していかなければならない問題である。
しかし、あと三ヶ月の命と宣言され逃れようもない事態に追い込まれて「貴方の人生、生きるに値したのですか?」と、
あと一週間で間違いなく死ぬ人に問われたら、真実どう思うだろうか?「  」しかないないだろ( ^3)〜♪
生きる価値があるかって?「真剣に生きてきた事実の前にそんな愚問は質問に値しない!
クソして寝ろ!この馬鹿野朗!!」というのが、私の現在の答えである。《本当か?本当にそんなことが、いえるのか?》
《たいして真剣に生きてこない御前に相応しくない》と、心の奥の声が聞こえてくるが Ψ(`∀´)Ψケッ!
                             ほんじゃ、ばいばい! o(^-'o)♪☆(o^-^)o〜♪
・・・・・・・・
2005年12月23日(金)
1725.一年経てば全て過去     
                      オハヨウゴザイマス o┐
「一年経てば、すべて過去」どこかで聞いた言葉だが、全くそのとおりである。
 感情面を入れると、実際のところは三年であるが。(一世一代?の失恋とか、連れ添いの死は治癒期間は三年)
 去年から、10年日記に心情を書いているが、前年の分が上段に書いてあるので、嫌でも目に入る。
 それをみると、一年経てば殆どが過去のことである。  嫌なことを忘れるのが上手い方だが、
 それでもつまらないことに気を使っている自分が解る。〔一年経ったからこそいえることだろうが〕
 反面、30年も前のことが昨日のように感じることもある。年齢を重ねるとは、そういうことかとツクヅク思う。
 殆どのことは、「一年経っても問題だろうか?」と、自問自答すれば良い。
 自分の存在は過去の総合である。数10年経っても心に残っているのは自分にやましい何かがあるためだ。
 しかし人間は過去の総合態〔体〕である。記憶を全て喪失した人間をみればわかるはずだ。
 過去も未来も、言葉でしかないのだろうか?  ( ゜Д゜)⊃旦

12月23日(水)
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