ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3185, 坂の上の雲
NHKで「坂の上の雲」が何回かのシリーズで放送されている。
私たちの年代が、この本に大きく影響されを受け、日本経済成長期の精神的支柱になった歴史小説である。
秋山兄弟と日清、日露戦争の中に生きる青雲の志を持った群像に引きこまれていった思い出がある。
日露戦争での兄・秋山好古の戦闘場面。そして、弟・真之が海軍の参謀としてバルチック艦隊を殲滅する場面は、
当時の私にとって驚きの連続であった。 読みながら己の卑小さに改めて自己嫌悪を抱いたり、彼らの志の純粋性に
感化したことが懐かしい。 当時、日本は西欧列強に対抗するための新国家つくりに、青年達が坂の上の雲を目指して
必死に生きていた。司馬遼太郎は、日露戦争は奇蹟の勝利と看破、その奇蹟の演出者の代表に秋山兄弟を選んだ。
伊予松山の人、秋山好古、秋山真之である。 家柄といえば伊予松山藩の下級武士族であった秋山家の下級武士で、
秋山家の父久敬は、「貧乏がいやなら、勉強をおし」と立身の道を説いていた。
好古は陸軍で、世界最強といわれたロシアのコサック騎兵集団を破った。
弟の真之は海軍で、ロシアの主力艦隊であるバルチック艦隊を破った。
真之は日本海海戦の開始前に「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の電文の起草をした。
その真之と一つ年上の正岡子規とは中学から大学予備門まで同学であった。しかし二人の性格は対称的で、
真之はガキ大将であり、子規は子供の頃、「青びょうたん」というあだ名であった。。
子規も真之も勝山小学校を卒業して松山中学校に入った。 兄の好古はこの時期、士官学校付きの勤務となっている。
日本人離れした顔かたちをしていて、たびたび西洋人と間違われた。 彼にとって男子に必要なのは
「若い頃には何をしようかということであり、老いては何をしたか」と考えていた。
彼らを中心にした明治期の激動の中の「大きな物語」である。 この激動期に、原点に立ち返り青雲の志を
日本人に喚起する意図で放映されたのだろう。 ドラマ自体もなかなか良くできている。
・・・・・・・・・
2820, ドバイは今 −?
2008年12月24日(水)
ドバイが、この金融恐慌でバブルが崩壊、解雇の波と一昨日の読売新聞の一面トップで特集をしていた。
ドバイブル破裂というところだ。 このまま廃墟化すれば、歴史に残る光景になる。「悪銭、身につかず」ということか。
ーまずは、その新聞記事ー
《ドバイにも金融危機の影 … 止まったクレーン・解雇の波》
世界一高いビル、世界一豪華なホテルなど「世界一」を冠する建築物を次々に登場させ、21世紀に入って猛烈な勢いで
発展を続けてきたドバイ。中東の物流・金融センターとして、200に及ぶ国籍の労働者や投資家を引きつけてきた
このペルシャ湾岸の小さな首長国にも、金融危機の影は忍び寄っていた。その現場を歩いた。
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ドバイ北東部にあるアラブ首長国連邦(UAE)労働省。「カスタマーサービス局」待合室に、
沈んだ表情の外国人労働者が目立つようになった。解雇通知を受け、苦情を申し立てに来た人々だ。
ドバイの中堅建設会社で工事現場監督を務めてきたインド人のV・ヒレマタさんは今月12日、1枚の紙を手渡された。
「あなたが提供するサービスは必要なくなりました。滞在許可も1か月後に失効します」
クレーンを操縦していた同郷のスンニル・Bさん(40)も解雇された。ドバイには世界のクレーンの3割が集まっている
と言われてきたが、「今は多くが止まっている。再び職を得るチャンスはまずない」と、帰国の覚悟を決めたようだった。
ドバイ居住者の8割を占める外国人労働者の滞在許可証は、仕事や労働許可証と不可分に結びついている。
職を失えば、雇用主が労働局への解雇届け出を遅らせるなど特別な措置を講じない限り、1か月以内に出国しなければならない。
「ドバイには失業者がいない」と言われるゆえんだ。ドバイの海岸には、上空から3本のヤシの木に見える群島が沖合に延びる。
埋め立てでつくったリゾート・居住用地だ。100万人の住空間ができあがると言われる最大の木「パーム・デイラ」では、
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12月24日(木)
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