ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3126、あいうえお言霊修行
しかし、母親はよほど自覚的にならない限り、子どもを強く育てることはできない。
たいていは子供が素直で勉強ができれば、満足してしまう。それではひ弱な偏差値秀才ができるだけだ。
少なくとも群れを守ろうとするような男の子は育てられない。そろそろ男の論理を家庭にも社会にも取り戻さなければならない。
もっとも子供の教育に関して、家庭でできることはそんなに多くない。人間教育について親がやれることは限られている。
親は、子供に安心して帰れる場所を作って、外に送り出しさえすればいい。外で子供は人間性を高めるトレーニングをしてくる。
しかしトレーニングというのは厳しい。まいってしまうことだってある。そのときに帰って安らげる場所、
安心できる場所としての家庭を作ってやることだ。子供はそこで安定する。それには母親とともに、強い父親が必要なのだ。
進歩とは、自分の価値があがることである。価値を獲得すれば、本能的感情としての喜びが生じ、この喜びから
理性的感情の幸福、感謝が生まれる。感謝は人から与えられたときに生じるが幸福は自分で獲得したときの感情である。
だから幸福になるには、自分の力でするしかない。子供たちを幸福にすることとは、進歩させる力を教育によって
身につけさせることである。いまの教育は、その根本を間違えている。進歩させる力を育てるどころか、奪っているのである。
ーーーー
家庭がシッカリしているということは、それぞれの役割分担が、あるべき姿であるということである。
父親や、母親になってない両親の子供は、欠陥が出て当然である。それぞれが違う家庭文化を携えて新たな家庭をつくるのは、
簡単なことではない。何処かに歪みが出て当然、しかし、こと子供教育は最低の知識と常識が求められる。
「こころの旅」や、この戸塚宏の本などが「そういう子供」をつくらないためにも
お勧めである。      「エッ!もう、遅い」 失礼しました。 
                SeeYou**(○´ω`○)ノ
・・・・・・・・
2006年10月26日(木)
2032, 「私」のための現代思想  −16  
      おはよ〜!(~O~)ふぁ・・ さむい!

*以下の部分には深く考えさせられた
ー私たちのあらゆる行為や価値は《私》によって支えられるものでしかなく、さらに《私》は<他者>によって支えられています。
そうされることで、この世界で確実なものになります。<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生する。
また《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、<世界>を構築していく上での基本的な要素であるという。
・「私」が、<他者>に「呼びかける」ことによって、その<他者>において、《私》の存在の引き受け」が発生。
・また「他者」の呼びかけに応じることは、相手を引き受けることになる。
・<他者>を‘もてなす’ことによって世界は広がっていく。 人に呼びかけ、呼びかけに応じ、
 そして他者をもてなすこと、これが世界を大きくすることということだが・・
何か一番私にかけていたような気がするが、呼びかけ、呼びかけに応じることが、私の世界を大きくするということが・・・
対象にもよるが、ライオンズ、ロータリーにでも入ることも世界を広める意味で重要?
その置かれた環境と状況の中で、それぞれの目的が自分に適うなら、それが自分の世界として適正な選択になるということか。 
他者にも色いろある。 世界の大自然も他者である。自分が関係する事物、人物すべて他者である。
情報を取るプロセスで、対象からの呼びかけに応じていくのであるから。

 ーーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −?
  ー<世界>をつくるー
 *<世界>を引き受ける者として生きる

前にも述べたが、私たちのあらゆる行為や価値は《私》によって支えられるものでしかなく、
さらに《私》は<他者>によって支えられています。そうされることで、この世界で確実なものになります。
この場合の引き受けられ方には、愛するものとして、子供として、友人だけでなく、敵として、憎悪の対象としてなど様々です。

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10月26日(月)
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