ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3123, 生きる幻想 死ぬ幻想 ー4
その結果が現在の、公立の小中学校の先生と生徒の様である。 さらにニートとかいう完成品である。
そして人生を投げてしまった奇妙な人たちである。彼は教育の最終目的は、子供たちを『独立』させることだという。
だから独立にいいものは善で、悪いものは悪。ハッキリさせている。だから体罰は善。いじめも善。
褒めるより叱るが善に決まっている断言する。学校にカウンセラーなどトンデモナイものを導入。これ自体がおかしいという。
−戸塚の文を抜粋しながら考えてみる。
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*体罰もいじめも善である*
恥ありて且つ格(ただ)し 恥を知るは勇に近し
前者は論語で、後者は中庸の一説である。恥をかくことが人間を進歩させることを昔の人はちゃん、とわかっている。
それなのに先生は叱らない。みんなの前で叱るようなことはまずしない。 公衆の面前でやれば、それだけ恥は大きく、
相手の進歩に役立つ。 それがわかっていない。 体罰もいじめも善である
体罰というのも、相手の進歩を目的にするものである。だから体罰も善だ。もちろん世の中には目的を考えずに
体罰をする人もいる。ヒステリーを起こして、無茶な罰をして怪我をさせたりすることがある。
そういう人は自分のためにやっている。強くならなかった人がそういうことをする。
ヒステリーになるのは、自分の中で情報が満杯になってその処理ができない人だ。弱いから、相手のことを考えられない。
(字数制限のためカット 09年10月23日)
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2006年10月23日(月)
2029, 中越地震から今日で二年
(+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
中越地震から今日で丸二年になる。今では私の周辺では「中越地震」の話題をする人は一人もいない。
もう一年以上、地震の話をしたことは無い。大きな地震の確率は他の地域より少なくなったし、世界の刺激的ニュースが、
身近な出来事など忘れさせてしまう。臍が曲がっているためか、当時、その事態を楽しんでいる自分に呆れていた。
数百メートルの小学校には夜になると殆んど避難。一月ぐらいは自宅周辺の殆んどの家には灯りがついていなかったし、
毎日のように余震が続いていた。その最中余震が起こる度に家内と震度当てをしていた。
地震発生の一週間後に、新潟に行こうと車で出たところ20分もしないうちに、高速道路に入る直前で震度5の余震が発生、
そのまま引き返してきた。 さらに、その数日後に新幹線で通勤途上に震度4の地震にもあった。
でも、ああまたか〜位にしか感じなかった。秘境旅行を三十数回行っていて神経が麻痺しているのだろう。
また仕事がホテル業ということもあり、緊急事態になるほど冷静さが要求されるためか?
「この程度で騒ぎすぎ」と独り呟いていたのも事実である。 夜半に余震が連日あったが、家の倒壊の心配がないので
冷静でいれたが、古い家の人で、危ない経験の少ない人の不安感は遥かに大きいかったのだろう。
隣の家から女の子のひきつけの悲鳴が聞こえてきた。わが家の被害が比較的に少なかったが、
隣同士でも被害は全く違う。また2キロ先の山の麓の住宅地は悲惨な状態であった。
その一月もしないうちに、自宅の裏にある空家に被災民の一家が引っ越してきた。
(あと一週間の今月一杯で、新築の家へ引っ越していくが・・) 下見に来たときに立ち会ったが、その前年に大雨の洪水と
たて続きの被災で、肩を落とした一家の姿は気の毒で正視できなかった。 300m先の長岡高校のグランドで、
被災民を山古志村からヘリコプターで数ヶ月にわたり運んでいたが、何か現実からほど遠い出来事のようであった。
山古志村の被災者の3割はもう地元には住みたくないと、街中に留まることを希望しているというが、何か解るような気がする。
因縁を取り払えば7〜8割の人が帰りたくないのだろう。二年前の随想日記、数日後から連載してあるので、
これを見たついでに二年前の同月同日の日記を眺めてください。
(。^0^。)ノサイナラ!
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2005年10月23日(日)
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10月23日(金)
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