ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3105,我にたためる翼あり
の念が入り込む余地がないからであろう」というこの本の記述が、僕を励ましてくれた。
この人は、どんな生き方をしてきた人なのだろう。 ハンセン病との献身的かかわりを思い、「キリスト者だな」
と推測したが、当たっていた。クエーカー的キリスト信者である。「育ちもいいはず」と思ったが、これもずばりだった。
父親は内務省職員のエリート官僚であり、後に国際労働機関(ILO)に勤務したり、朝日新聞論説委員にもなった。
戦後すぐに成立した内閣では文部大臣にも抜擢されている。彼女も、そんな父の関係でスイスやアメリカで教育を受けている。
医学への志は、叔父とともにハンセン病患者の施設を訪れた際、患者の病状に強い衝撃を受けたためという。
後に彼女は、この時に自分が身を捧げる生涯の目的がはっきりとした、と語っている。
猛反対だった父を説き伏せコロンビア大学や東京女子医専(現東京女子医大)で医学を学び、30歳で精神科医になった。
結婚したのは32歳だった。
ーーー
こういう文章を読むと、宗教の偉大な力を感じとることが出来る。 それと、自分の小さな世界の歪な姿がリアルに
感じとることが出来る。 こういう人は、60歳の時の心は安定した安らぎで満ちていて当然である。
明日あたりに送ってくるはずである。歳を重ねると見えなかったモノゴトが、雲の彼方から一つずつ現れてくるようだ。
ヾ(=・ω・=)o☆ばいばい!
・・・・・・・・・
2006年10月05日(木)
2011、「私」のための現代思想 −8
(。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
私たちを束縛しているものから自由になるには、束縛している対象を理解しなくてはなりません。
第一章では、その束縛するものの正体を論じたが、いま一度それを取り上げ、それから逃れるには如何すべきかを論じているのが、
この章である。「私」を束縛するものとは、 <言葉>と<価値><社会><世界><物語>などがあります。
束縛から逃れるためには「所有」が必要になる。所有者になることによって、主体者になるのです。
所有することも捨てることもできるのが主体的ということである。 この随想日記を毎日書き続けることは、
その範囲で「言葉」を所有していることになり、自由に考えを述べていることになり、開放されている。
「の主体者は、の束縛から逃れるためには、「<言葉>を所有すること」が必要になる。
「言葉による束縛」とは、「自分が使った言葉が、新しい意味を帯びる」ということを認識しない
ことによって発生する。また、「自分が受け取った言葉に自分が新しい意味を付与することによって、
それを認識している」ということに気づかないことによって発生する。
これを換言するならば、
それは「私がある時点で使った単語は、常に新しい意味で用いられている」と認識し、
また「他者から発せられた言葉も同様である」と認識することです。
私たちは、厳密な意味で同じ単語を同じ意味で使うことができません。
言葉による意思疎通が(不完全であれ)可能となるのは、「了解不可能な他者を了解しようとする意思」
によって発生するものでしかなく、ある言語体系よって適切に語を使用することで発生するものではありません。
私たちは、何らかの概念を伝達しようとする時、「この単語は、この程度の意味に使われていたはず」と推測し、
それに「近似した」新しい意味を付与しつつ発語している。そのとき、言葉の主体者は<私>です。
ー <価値>の束縛から逃れるためには、<価値>を所有するしかありません。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、
の主体者は、ととは
言語体系のこと、そしては、それを発生する側が主体者である、と考えていることによって、それらによる
束縛が発生します。その両方が「誤りである」ということを認識するだけで私たちはその束縛から逃れることができるのです。
ーの束縛から逃れるためにはそれを所有しなければなりません。
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10月05日(月)
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