ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3046,卒業40年周年か〜 −5
保身で生きてきた各界トップの教養人達は、こういう時は沈黙を保つものだ。
何度も「辞めさせるべき行い」があった時に、殆ど口出しをしなかった。
今回は即刻「理事長と高砂親方の辞任と、朝青龍の追放を進言した上で、彼ら全員が辞任すべきである。」
それが、当たり前。 何のために存在しているか、それすらも考えられないレベル? どうなの??
しかし現在彼が辞めたら、つまらなくなる!
あの相撲にかける気合は、人間離れした稀有な存在であり、相撲にかける情熱は尋常ではない。
辞めるに辞められない、辞めさせるに辞めさせられない、ってのは何処かの首相と同じじゃない?
これも文化・文明の違いによる相克か! おふたりの心の葛藤が直に伝わってくる・・・
一番好いときこそ魔がさすが・・・ 二人の共通点は進言する人物がいないことだ!
帝王学など有ろうはずは無いが、あるなら孤独にならないと!モンゴルに帰りたい??
帰ったら、辞めてから。 いや辞めれば、全てスッキリする。                   
                              ばいばい☆ヾ(=・ω・=)o
・・・・・・・
2006年08月07日(月)
1952, ローマから日本が見える−21
            ー読書日記ー
  第九章 ローマから日本が見える −1

さて、最終項である。この読書日記を書いていて、自民党を中心としてきた戦前からの官僚システムが、
共和制に酷似していることに唖然とした。それも二代目・三代目が恰も共和制度の破壊者という顔をして、
そのじつ国民を欺いている現状を鳥瞰できる。
小沢一郎も同じ穴のムジナだが、しかし本気で壊そうとしているだけマトモということか?
 ー「リストラの」名人たち ー
BC753年の建国から始まっておよそ8Cにわたるローマの歴史がこの本の主旨であったが、ローマ人は「リストラ」
に長けていた民族であった。事業縮小や、撤退、人員の削減といった消極的な改良ではなく、
本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち再編成なり再構築に何度も成功したからこそ、
ローマは千年の歴史を持つことができた。本書の中で取り上げた中でも大きなものだけで、数えて三回あった。
・最初は、王政から共和制への移行です。
 BC509年、ルキウス・ユニウス・ブルータスによって第七代王「尊大な王タルクィニウス」が追放され、
 以降は一人の王に代わって、執行官が毎年二人ずつ選出された、この二人が国の政治の最高責任者になった。
・二度目の改革は、BC390年に起こった、「ケルト・ショック」を機に行われた共和制体部の改革である。
 貴族と平民との階級闘争も終わり、ローマの再興を果たすため政府の要職を平民に開放する決断もこの時に行われた。
・そして三度目の改革は、帝政の移行であった。
 カイサルがその設計図を引いて、アウグストゥスが、そのとおりに石を積み上げていくことであった。
  ローマの改革は、もちろんここで取り上げた三つだけではない。
・BC494年から始まった護民官制度、ポエニ戦役ごの「混迷の時代」にグラックス兄弟やマリウスやスッラが行った
 諸改革は、数えればきりがない。
 ローマ人にとっての政治システムは、ローマ軍の補修と同じく「メンテナンスすべきもの」であったということ。  
・哲学的思考によって真理を追い求めようとするギリシャ人とも、
・一神教の絶対神を信じるユダヤ教やキリスト教の信者とも違って、
 ローマ人はこの種の「絶対」は馴染まない。どれだけ優れたシステムであっても、人間が作るいじょう、
 かならず欠陥を隠し持つという現実的な感覚を、彼らは持ち続けた。
ある意味で、ローマ帝国史における経験は、人類にとっての大きな遺産の宝庫である。多民族が入り乱れる欧州で
1000年以上も帝国を存続させたシステムは、現代でも、いや現代こそ、経験則として学ぶべきである。   −つづく             
                     (*^▽^)/ ホンジャ!
・・・・・・・
2005年08月07日(日)
1587, NHK 受信料不払い問題


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