ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3035,「顔」を哲学すると
●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。
●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。
モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ)
●ぼくのアドバイスは、‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’
リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家)
●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、起こったことに対する反応を
コントロールすることはできる。 失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。
フィル・ニークロ(元大リーガー)
まだまだ、面白いもの多くある・・・ ?つづく
(○´ω`○)ノ**SeeYou**again!
・・・・・・・・
2006年07月27日(木)
1941, ローマから日本が見えるー16
\(^▽^*)おはよう
第七章「創造的天才カエサル」?2
ー植民都市の建設ー
徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にもローマ市民権を
積極的に増やしていく方策であった。ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を積極的に
増やしていく方策である。 彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。
・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。
「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、それを属州民にも適用していった。
ガリアや北イタリヤにとどまらず、スペインの原住民の有力者にも、ローマ市民権を与えたのです。
後世の歴史家が、ヨーロッパはカエサルが創造したとする、ゆえんである。
・第二は、カエサルはローマ市民を属州に送り込んで、そこに「植民都市ーコローニア」を造らせるという方法であった。
すでにローマはイタリア半島に防衛拠点に植民都市を建設していたが、それを属州までも広げるというやり方である。
このアイデアはカエサルの独創ではない。かってグラックス兄弟の弟ガイウスが試みて元老院に
潰されたカルタゴもそうだし、ポエニ戦役当時スキピオ・アフリカヌスがスペインに建設させたイタリカも、
ローマ人が建設をした本国外の「コローニア」の例である。カエサルは、この植民都市をより多く建設していくことだけ。
カエサルのこの政策によって、属州に移住したローマ市民は8万人にも達した。これは、あたかも棄民のように思われるが、
そうではない。植民者となったのは、ローマにいても仕事の無い失業者であり、カエサルの軍団の兵士だったからだ。
カエサルのこの「植民都市」の建設は一石三鳥の効果をもたらした。
これらの政策によって、ローマと属州は「運命共同体」への道を歩み始めた。
カエサルはローマ本国と属州との一体化を進めるための方策として、これ以外にも様々な政策を具体化していった。
・首都ローマと属州を結ぶ街道ネットワーク整備がそうだ。
・また通貨の改革
・ユリウス暦の制定もそうだ。
カエサルは元老院が造幣権を一手に握っていたのを、これを取りあげて、国立の造幣所を開設し、
そこで金貨・銀貨を作らせてることにした。ユリウス暦の制定にも、カエサルの考えが反映されている。
同盟関係にあったエジプトから天文学者、そしてギリシャからは数学者を招いて、正確な暦作りに着手する。
こうして出来上がったのが、一年が365日、4年に一回、うるう年が入る太陽暦であった。これがユリウス暦である。
これで貨幣として「基軸通貨」をつくり、暦としてユリウス暦という「基軸暦」をつくった。
歴史は一朝では作られない、数千年の時間の中で、多くの血と汗で作られている。
i (ω・`) bai
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2005年07月27日(水)
1576, 次にくる波
ー2007年から、いよいよ経済大変動がやってくる
著者:浅井 隆 ?読書日記
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