ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3010,垂直な言葉
しかし、それを書き出すということはなかなか出来ない。そのフラッシュのように戻った一瞬の記億を、
酒場にからめて書けばよい。酒中日記を書いて、「人生は多くの何げない日常の断片から構成されている」ことに気づいた。
決して大きな塊ではないし、光り輝いた結婚式や旅行などだけにあるのではない。
何げない日常の中にこそ、深い人生の意味が詰まっている。酒席のことを書いていたら、いくらでも昔のことが思い出される。
それが果たして良いのか、良くないのかまだ判断できない。このレベルなら、いくら思い出せるものだ。
人生は、日常の根っ子の地中の中にこそ、味わいと真髄があるようだ。
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2004年07月02日(金)
1186, 異境・秘境ツアーレッスンー5
ー感動は蓄積される
何故、異境・秘境に行くのかというと、想像を絶する素晴らしい世界がそこにあるからである。
そして大自然や遺跡の異質の世界に、直接触れて感動するからだ。
実際体験して解ったことは、歓喜と激しい感動は、ほぼ同じではないかということだ。
旅行のたびに期待していた数倍の感動と歓喜?がそこに待っていた。
とくに大自然の中の壮大な美しさや神秘性から受ける感動は何にも変えがたい。
その感動を得る為に、いそいそと飽きずに家内と一緒に出かけていく。感動の蓄積が磁力になり、
更により大きな感動を引き寄せる。そして感動は確実に自分の中にドンドン蓄積されて醸造される。
私と酒を飲んだ人はわかるだろうが、酒を飲むと普段のブロックが外れて、その時の蓄積された感動の波動が開放される。
毎日晩酌で、ほぼそのブロックが開放されハイに瞬間なってしまう。
幼児期から青年期にかけて可能な限り、親は子供に芸術(音楽会や一流の絵)や自然を見せて
感動のシャワーを浴びせてあげなさいという。その量×質が、その人の人生を決めるという。
感謝・感激・感動は、その人の潜在能力のベースになるからだ。
今からでも遅くはないから、可能な限り一流なものを見て、触れて感激・感動を
意識的にしていかなくては!いまさら遅いか?豊かな人生とは、感謝・感激・感動の豊かな人生をいう。
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2003年07月02日(水)
819, 恵まれていた時代に生きて
50歳の時に、「自分の人生を振り返って実感をいってみろ!」と自問自答した。
直感的の出た言葉が「恵まれていた!」「面白かった」「悔いはない」である。
特に思ったのは「恵まれていた」である。
・第二次世界大戦直後の1946年の一月に日本に生まれたことが全てといってよい。
ー冷戦下における日本という環境において、アメリカが中国・ソ連・北朝鮮など共産圏に
対する前線基地と位置づけて、 日本に最優遇待遇を与えてくれていた。
・新潟県という全国でも最も豊かな自然を背景にした環境も良かった。
・両親も含めて家庭にも恵まれていた。 多くの兄姉にも恵まれていた。
・ちょうど青春時代が高度成長期にあたり、時代の波に乗ることができた。国に若さと希望があった。
歴史的にみても、20世紀は(特に後半)は、日本にとって黄金の時代といわれるだろ。
この時代を背景として事業チャンスもいくらでもあった。 また時代の変化も激しいのが特徴であった。
とにかく面白い事が多かった。時代が上向きだからこそ変化が面白かったのだ。
あと10年、恵まれていた時代に稼いだ資産の食い潰しをしていくだろう。
そしてその後は亡国に近い状態になることは明らかである。今の日本は、それしか選択ができないだろう。
魚は頭と尻尾から腐るというが、今の日本の姿がそうである。いま1968年の時代の日記を随想日記に
書き写しているが、時代の背景の違いが全く違うことに驚く。やはり経済があってこその国であり、個人がある。
そして特に「国が豊かで恵まれていた」ことが大前提であった。
話が変わるが、昨日12の宮のことを書いたが、その宮一つ一つとっても全て恵まれていた。
宮の意味はどういうことかと考えてみたら、ありがとうという感謝をする祠ということだ。
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07月02日(木)
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