ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395713hit]
■2955, マネーはなぜ暴走したのか?
ダークサイトに堕ちてしまう]といいます。怒りと妬み、恨みがダークサイト
そのものです。生物学的には、[怒り]は相手に対する威嚇であり、威嚇で相手の
敵対心や攻撃心を抑え、戦争を未然に防ぐ効果があると考えられています。
・・・油断すると、怒りの海であるダークサイドにはまってしまいます。
それを防ぐために、[冷静で心安らかにいることだ」とルークに語ります。
怒りや憎しみに拮抗する力は[悦び]です。そして、正義が勝つのではなく、パワーが強いほうが勝つのです。
これまで自分がした楽しいことの総量と、自分がイライラしている総量の差で決まるのです。自己実現をして、
悦びをいっぱい持っている人は、ひとりでに冷静かつ心安らかになります。悦びを介して人と共感したり、
共感されたりして、人と深いところでつながっている人です。
ですから、人を信頼しています。前向きである。 しかし、イライラの総量の多い人は、
怒りの海に溺れ、冷静さを失い、攻撃的です。 そのため相手の反発を買い、
ますます自分の怒りが刺激されて、ドンドン怒りの総量が増えていきます。(p186)
ーー
解)
私も20歳代後半から、40歳前半までは、怒りのダークサイドが悦びより、遥かにましていたようだ。
しかし成功体験と、秘境ツアーなどでの多くの歓喜体験を繰り返しているうちに、
40代後半辺りから悦びの総量が怒りの総量を超えてしまった。その時分だろうか、自分が穏やかになったのは。
両親から学んだことは、人生経験を通して何ごとも遊びの領域まで達すること!
そして、仕事と遊びの悦びの領域の総量を可能な限り増やすこと!
そのためには自己を認め、かつ磨き続けなければならないこと!
その結果として人生の満足がある、ということである。学んだわりには、スケールは小さかったが! 全く。
グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・
2006年05月08日(月)
1861, グーグル Google
おっ w(゚Д゚)w ハァョ?
ー読書日記
「グーグル Google」 文藝春秋 著者 佐々木俊尚
(字数の関係でカット09年05月08日)
・・・・・・・
2005年05月08日(日)
1496, いま・現在について?4
「記憶のない男」ーDVDレンタル
レンタルDVD で観た「記憶のない男」が、「いま」と「私」を考える上で面白い内容であった。
ー知らない街に仕事を捜しに来て、暴漢に襲われて記憶を全て失った中年男の物語ー
それぞれの人の「いま」は、それぞれの過去を背景を持っている。
過去が記憶喪失で失われた場合、その人の「いま」は無いに等しい。
ストーリーの中では、そこまでは表現しつくしてはいなかったが。
しかし、その空白を「いま・現在」という現実の中で、必死になって埋めようとする主人公の心を、
静かに淡々と映し出していた。過去の想起がなければ、[私]は存在しないに等しい。動物に[私]はない。
それは想起ができないからである。もし自分が過去の記憶をなくしたら、「いま」という感覚は希薄になる。
青年時代の日記を偶然倉庫で発見。 それを、悪趣味的?に、この随想日記で露わにした。
その過去の「いま」を、思い出せば出すほど、現在の「いま」との重なりが見えてくる。
そして現在の「いま」がより濃く深くなっていく。 それは現在が過去より成立しているからだ。
過去や、未来より、「いま」が全てだと考えがちだが、過去も未来も重要であることを教えてくれた映画。
{「いま」を人間の手とすると、過去と未来は人間の身体}
と例えると解りやすい。手は手としては存在し得ない。手はあくまで身体の一部でしかない。
記憶喪失とは、「手そのものしか自分を感じ得ない」ということだ。
身体全体が失われた感覚は想像しただけで恐ろしい。そこ(いま)には、「私」はないに等しい。
[いま]に集中するということは、過去と未来にそして「楔」を打つことである。楔を打つことは最も重要な行為である。
しかし全体の構造を考えて打たなくてはならないのである。今上の人生、来世のことは考えない方がよいのか?
[5]続きを読む
05月08日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る