ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2926,中沢新一の『三位一体モデル』 −5
目的は若者の特権としても、目的だけの人生には、常に、危ないものがつきまとう。
目的を持つことと、それを目指す行為とは一体のものだからである。
目的と行為の一体性には、何ら問題がないように無いように感じるかも知れない。
しかし、往々にして行為のみに追われだすと、行為という活動に実在感を得て、
何もしないことや、何もできないことが自分にとって否定的に感じてしまう。
とにかく「動く」ことのみ専心してしまいがちになる。
活動のみに追われて、その意味を考えることが鬱陶しくなってくる場合が多くなる。
先の抜粋の中の『一つの行動と次の行動の間の隙間のような「する」ということをやめて、ただ「ある」という、
それだけでいられる時間、あるいは、自分とは結局のところ、何者なのだろうと考える時間』が大きな意味を持つ。
この休止時間こそ最も大事な時間である。この時間の中で、一に戻って考えることこそ、
個々人の心や魂と向き合うことになる。
・・・・・・・
ゲドも、世界の危機を救うさまざまな冒険を成し遂げ、魔法学院の長である大賢人となるが、
本人はそれを喜ばない。そして曰く「わしのほうは、うむ、いろんなものになった。いちばん最後が、
そして、おそらく、いちばんつまらないものが、この大賢人というやつだ」と。
河合隼雄が著書「生と死の接点」の冒頭「ライフサイクル」の中で、人生の「後半の問題」を解説する。
ユングがフロイトへの批判をして、「フロイトは人生の前半の問題(自我の確立といった言葉で表される)
しか相手にしていない」としている。「人生後半の問題とは、自分なりのコスモロジーを完成させることである。
コスモロジーとは、この世に存在するすべてを、自分もそこに入れ込むことによって、ひとつの全体性へと
作り上げることである。世界を対象化するのではなく、自分という存在との濃密な関係付けの中で、
全体性を把握することである。本人のなんらかのパフォーマンスが要請される。」
・前半の問題とは、平たくいうと「生きるためにすること/壊すこと」、
・そして後半の問題とは「死ぬためにすること/創ること」である。
若い時は攻撃的だったのが、人生の後半になると大人しくなる。
前半は「する人生」、後半は「ある人生」に転換してしまう。
ーーー
解)人生を振り返って一番重要と思えるのは、無駄と思えた『浪人』の時期である。
一度、リセットをして一より考え、出直す時であった。
その時は、無駄で意味がなく惨めで、辛く悲しいとしか思えない。
しかし、その時ほど人生で一番大事なことをしていた時期であった。
水平から、縦に立っているから、水平線の人からみたら無駄飯食にしか見えないし、
当人も、仕方なく縦に立っているしかない。しかし、「する人生」を振り返り、
「ある人生」の転換期でもある。水平の彼方の地平線が果たして幻覚かどうか、眼を据えて見るときである。
「する」と「ある」という面では、ホテル業も似たところがある。
立ち上げ(創業の時)という晴れの時と、日々の日銭で借金を返す倹約時(ケの時)と明確に分かれる。
それをツマラナイとみるか、面白いとみるかは、性格によるだろう。
ホンジャ、バアアイ ♪♪((((*`・´))ノ ♪♪
・・・・・・・
2006年04月09日(日)
1832, グーグル完全活用本 ?1
ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★ ー読書日記
この本は「ウェブ進化論」と同じ位の、お勧め本だ。(ちなみに「ウェブ進化論」はベストセラーになった)
この随想日記を読んでいる人なら、検索を多用していると思うが、グーグルの「検索」を勧める。
(ウェブ進化論の影響があるが)
もしパソコンの検索機能や、Yahooの検索を使っているなら、直にでも切り替えたほうがよい。
別に洗脳されたわけではないが「ウェブ進化論」と、この「グーグル完全活用本」を読めば分るはずである。
30万台のパソコンが24時間、世界中のネット上にアップされた情報を収集しているという。
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04月09日(木)
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