ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2795.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・4
以前借りてきた時に印象的だったのは、
・褒めるのは芸・技であるから、自分流のノウハウを確立すべし、
・褒めれば、神の心になれるだった。褒められれば、舞い上がってしまうのに、
人に対しては気楽に褒めようとはしない。ー必然性が無かったからだろうが。
‖┓ (( ♪〜(=^ε^= )
(_) 匚P
━┻ ♪〜♪〜
だいたい酒席で、酒を注ぐときは自分が注いで欲しい時だ。
自分が褒めて欲しい時に、人を褒める。
お犬様の散歩の時の女性の、犬自慢がそうだと聞いたことがある。
自分の犬を褒めて欲しいと、相手の犬を褒めるという。
相手もそれを周知して、すかさず相手の犬を褒めるのが社交マナーとか。
ヽ(・ω・ゞヵゎィ+ ヽ(*・ω・)+. 超ヵヮィィ♪
人間は自分のことが「傍から如何みられているか」気になる動物だ。
つねに自分に対しての評価は甘い。
誰も評価してくれないなら、自分で数段上に評価するしかない。
したがって微妙な2ランク位上に評価してやれば、本人も納得する。
カラオケは、褒めて欲しいから一生懸命練習し、そして熱唱する。
子供の頃、小中学校時代に先生の褒められたことなど、現在も鮮明に憶えている。
それだけ褒められることは記憶に残る。 !(∀`)iうほ♪
私のように殆ど褒めないと、たまに褒めると効果絶大という利点もあるが。
軽々しく褒めちぎるのも納得しないが、『美点凝視』の心がけは絶対必要条件のはずだ!
(◎゜ω゜)ノ^ジャ、マタ!!
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2004/04/04
「ほめ芸王」−1 ー読書日記
字数の関係でカット(2007年11月29日)
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2004年11月29日(月)
1336, 2000年前のポンペイー5
一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。
落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。
たまたまポンペイについて書いていたので、その偶然の一致が奇妙な気分である。
2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。
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話は少し逸れるが、エジプトのルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに
兵隊の絵があった。同じ絵が多く描かれていたが、現地の日本人の女ガイドの説明が面白い。
その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに向いているのだ。
当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。
いつの時代でも、そのような遊びがあった。
それよりも、数千年の時空を超えた男の生身の人間的なジョークを伝えているのがよい。
ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには
・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレターを
置いていってくれた〕返事が壁に書かれていた。
・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーションをしていた。
・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。
・ポンペイの街には400軒の店があった。 24時間営業の居酒屋があった。
その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。
・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。家計簿的なメモもあった。
・果物屋には桃が売られていたメモがあった。 等々である。
メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来るという。
当時のローマ帝国の政策の大きなものとして、 パンと、サーカス
(街には必ず円形劇場がつくられていた)を庶民に与えることであった。
AD・54に17歳で皇帝になったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。
そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。
その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。
それがエスカレートしたのかタブーのメモもあった。
・下品の言葉を慎むように
・他人の妻には手を出さないこと
・食事をしていて、着物を汚さないように
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11月29日(土)
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