ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2727, ザ・オオズモウ
自由に「思考」するためには =「他人の考えるように考える」ということは、重要である反面、
「他の人が考えるようにしか考えられない」という状況を発生させてしまう。
そのときに人は「言葉による束縛」もしくは「言葉の専制」を実感します。
そうならないために‘社会の側の分類規準は便宜的なものでしかないことを、しっかりと把握しておかなくてはならない。
自分を殺さずに、社会の側の分類規準と上手くやっていかなければならないが、
そのとき重要なことは、「言葉の主人は自分である」という意識を持ち続けることである。
すなわち言葉は、自分を拘束するものではなく、認識の道具であり、意思伝達の道具であり、思考の道具である。

    言葉が「意思」伝達の手段である時、私たちは社会の側の分類基準に従わなくてはなりません。
    しかし言語が「認識や思考」の手段であるとき、私たちはそれに必ずしも従う必要はありません。
    問題は、認識と思考のための道具である言語を、伝達のための道具として使ってしまったところに
    あるわけですから、その用途を明確に区別することができれば、その束縛から逃れることが可能になる。
    しかし、実のところ容易なことではありません。
 
 ここで、思考や認識は、単に「思考し、認識すること自体」を目的とするのでなく、
 <価値>という基盤の上に存在する営みだということに注意が必要です。
 私たちは言葉を使って何らかの<価値>を実現しようとしています。
 
 次には、 その<価値>について考えていくことにします。
 ー感想ー
 この随想日記を書き続けることの束縛が、反対に言葉の束縛を一つずつ開放してくれる。
 一つの束縛が、一つの開放の獲得になる。要は、それぞれの束縛が物語としての基盤になっていれば、
 それが人生の物語の完遂になっていく。まずは、言葉による自分の物語の構想を若いうちからしておくべきである。
 それが、その人の価値観になるのである。
             ヽ(●´ω`●)ノ。バイ!
・・・・・・・
2005年09月22日(木)
1633, 閑話小題

ー雲を消すー
私が、雲を消すことができるというと、頭がおかしくなったと思うだろう。
しかし消せるのである。 まずは雲の消し方を紹介しよう。
晴れた日にたくさん浮かんでいる雲のうち、3センチくらいに見える雲を指さして
「消えろ、消えろ……」と念じると、だいたい三分ほどで雲が消えてしまう。
ぜひやってみると面白いはずだ。小さな雲は、常に発生したり消えたりを繰り返している。
指をさして念じなくとも、小さな雲は三分くらいで消えるもの。
そうした現象の種明かしをしらないと、実際に雲が消えたように見えて、
念動の存在を信じてしまう。 実際、それを信じている人もいるから面白い。
 
ーあのビルの臭いー
爆破当時にニューヨークの9・11の貿易センタービルの下を通っていた地下鉄で
電車が通過する時に、ものすごい臭いがしたという。何千?人分の腐った人間の出汁の臭いとか。
思い出したくない地元の人は生ゴミの臭いと言っていたという。(マスコミにはあまり出てこないはなし)
また、その翌年アフガンでは10万人以上が餓死したというが、そのことは殆んど新聞には報じられなかった。

ー晩婚化と高齢化ー
現在の晩婚化は高年齢化に深く関係しているという。もうかなり以前だが、『人生ゴムバンド』という説があった。
高齢化になったぶん、人生の節目と節目の期間が延びたという。なるほどと肯いた。私の知人数人が30代半ば結婚したが、
現在も子供が学生である。65歳までは収入は落とせないと言っているが、そう話しながらでも本人は嬉しそうである。
下の子供が大學を卒業した時にホッとしたと同時に、何か物足くなった。年金が満額出るのはあと三年だが、その時は・・・

・・・・・・・・・・
2004年09月22日(水)
1268, 大相撲に思うーつれづれに

大相撲が始まると、相撲について書くのが恒例になってしまった。場所ごとに刻々と、相撲の様相が変わっている。

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09月22日(月)
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