ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2511, 黒柳徹子 −2
などから新シリーズが企画された。日中共同制作の「新シルクロード」
(中国編全10回)として、この1月から1年間にわたって放送を始めた。
既に二回放送されたが、見ごたえのある内容であった。

一回目は、1980年から放送され大ヒットしたNHK特集「シルクロード」に記録された
映像と同じ地点にカメラを据え、風景の25年間の変化を描いていた。
さらに映し出された人物のその後を徹底的にリサーチ
・天馬のふるさとで撮影された20歳の花嫁は?
・南疆鉄道の機関車運転手は?
・カシュガル大バザールの楽器職人一家は? 
と、以前の続編という構成である。そこには四半世紀を経た現代中国の変ぼうがあった。

第2部ではシリーズの音楽監督を務める世界的チェロ奏者ヨーヨー・マに焦点を当てていた。
彼は2000年からアジアを中心にした音楽家集団「シルクロード・アンサンブル」を結成、
世界各地で公演を行っている。彼らの活動と民族楽器を多用するテーマ音楽の作曲過程を紹介、
「シルクロードという言葉は現代にあっては相互理解を意味する象徴的な
言葉として使用されるべき」という、ヨーヨー・マの考えを伝えていた。

パラグライダーでの低空撮影やCG映像、映画のような再現ドラマなどを活用。
「臨場感あふれる歴史エンターテインメントを目指した」とプロジュウサーのコメントもあった。

1月2日放送では、タクラマカン砂漠・楼蘭の一角にある4000年前の墓地の遺跡・
小河墓の発掘に密着。約70年前に探検家ヘディンが発見した後、忘れられていた。
それが2000年に再発見され、発掘が始まった遺跡だ。

撮影中に、彫りの深い顔立ちに亜麻色の髪と長いまつ毛を持つ西欧系と思われる
若い女性のミイラが出土した。まだ生きているような美貌には驚いてしまった。
ふた付きのかごを身につけ、中から小麦が出土した。
楼蘭王国以前の推定3600―3800年前のミイラで、
小麦の伝播(でんぱ)の歴史が数百年早まったことになる。

2月14日に放送した2回目は世界遺産の敦煌莫高窟(ばっこうくつ)
・北窟の調査や青海湖周辺から大量出土した絹織物の研究成果も紹介していた。
トルファンのベゼクリク千仏洞では、龍谷大学の協力で、
散逸した「誓願図」の巨大壁画をCGで再現をしたプロセスが詳しく紹介していた。

このような、撮影はNHKではなくては作れない規模である。
準国家放送局も必要ということか。
毎月半ばの放送が一年にわたって続くが、また一つ楽しみが増えた。

・・・・・・・・
2004年02月18日(水)
1050, 客観性ってのは何?

金沢にいた頃(25歳の頃)の話になるが、
「客観的に」という言葉を、よく使っていたところ
「客観的というが、客観的と勝手に思っているお前の主観ではないか?
俺は客観という言葉が嫌いだ」と言われて、ドキリとした思い出がある。
親しかった金沢大学を出たばかりの寡黙の哲学的な男であったから、
なお答えに窮した。それから客観的という言葉を控えるようになった。

「事実」は「客観的事実」と「自己ー主観」にわけることができる?が、
その「客観的事実」も突きつめれば、あくまでも「主観」でしかない。
主観と客観の違いは、あくまでも情報量の比較の世界でしかない。
または自分を隠す手法になるケースが多い。(多いほど客観的といっているにすぎない)
真理を追究する科学者は、その目指すところは「客観的事実である」
それも、次の真理へのステップでしかない。

この随想日記も、「自己の主観」を第三者の目に曝けだして客観性を
鍛えていることになるが。 今まで書いてきた文章を読みかえして、
支離滅裂の内容は自分自身でも妥協できないものだ。
「自己主張ー主観」が客観的?に充分耐えられことがまず重要になる。
その意味で、常に内省を繰りかえさなくてはならない。

文章化は自己客観化への一歩といってよい。
テーマの内容を起承転結のスジ道をつけることは、脳の機能を有効に使うことになる。
「万物の霊長類である人間の最大の特質は言葉を持った」ことである。

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02月18日(月)
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