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堀井On-Line
by horii86
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■2508, 世界をだました男
その後、家に帰って食事をする。 とにかくバールの値段が安い。
彼らにとって、スローフード・スローライフは数百年続いている文化でしかない。
スローフードなどが流行りだすのはイタリアやスペインなどと
同じく国が衰退を始めたということだ。これも事実だから仕方がない。
新潟でも全国チェーンの湯葉料理の「梅の花」が出店した。
昼飯を二時間以上かけて主婦などのグループがとる。
五頭山の麓にある、釜飯の店など、その走りなのだろう。
金持ちの外食スタイルのカジュアル版ということか!
・・・・・・・・・
2004年02月15日(日)
1047、「22歳の日記」の終わりに
今日で学生時代の日記が終わっていた。
何時から何時までという日付の無いフリーの日記帳なのだが、
丁度よいタイミングで最後のページで、最終日の今日だけレポート用紙が貼り付けてあった。
いま一冊の日記帳にあと半年位は書いていたと思うが、ハッキリした記憶が無い。
この日記を書き移していて「恵まれていた環境にいた」とつくづく思う。
「寮生活に、一ヶ月の欧州旅行、ゼミ、クラブ、教授、両親、友人」
と多彩な環境が重なっていたことに驚いた。
そこには地方出身の、土がタップリついた、純朴な姿がそのままあった。
この時期に培ったものが一生ついてまわることを、振り返って実感する。
それと真面目な姿も、今も昔も一緒である?
大学の専門分野の授業が結構面白かったことと、
全く知らない分野を、色いろ知ったのが最大の収穫であった。
また知識や情報や人脈の重要さをつくづく実感をした。
知的好奇心がこの時期にやっと芽生えたのだから、かなりの遅咲きであった。
大学の知識などは、実社会に出てからの経験や読書などの蓄積からみたら、
微々でしかない。 「大学を出てないから駄目だ」
という自分の思い込みという石をつくらないで済んだのも収穫であった。
当時の学生時代の背景が、昭和40年代前半だったというのも恵まれていた。
特別恵まれていたのではなく求めるものがあったから、見返りに対象が
反応した部分もあった。 この時代のポップスは黄金時代といわれている。
高度成長期の波に乗って、素晴らしい歌が次々出ていた。
恵まれた時代にあたった世代は、最後の最後まで恵まれるようだ。
年金も、丁度よいようになっている。
同世代の人をみていると、仕事などでハッピーエンドの人が多い。
学生時代に真面目に過ごした人は、その後の人生で順調のようだ。
マージャンや女性狂いをしていた人は、あまり恵まれた人生ではない。
知識や生活の基盤をつくっていなかったためだ。 その一人が自分でもあるが。
寮にクラブにアルバイトに酒にと、全て中途半端であった。
しかし、それに気づいて産能大に入りなおして基盤直しをした?が、
それでも取り返しがつかなかった。 それほど甘いものではない。
基盤はそう簡単には造り替える事はできない。
この日記から、温みを感じ取れるのも確かである。
私の人生を振り返って「恵まれていた、ついていた、面白かった、ありがとう」
がキーワードにある。この日記を見る限り学生時代も全く同じである。
この日記を、つまらないという人と、リアルで面白いという人が二分していた
ようだが、少なくとも私にとっては、リアルで面白い内容であった。
自分の地偕の、あるフロアーに迷い込んだようなものだからだ。
この日記の最後にも感想を書いてある。 もう、こんな赤裸々な日記は書けない!
・・・・・・・
2003年02月15日(土)
まれに見るバカ −読書日記 −2
ー印象的なところを抜粋するとー
人はバカに生まれるのでない。バカになるのである。
親子という縦の系列によってバカになり、友人・社会という
横のつながりによってもバカになる。・・・
なぜ容易くバカになるのか。理由ははっきりしている。
人間は楽な事を選ぶ生き物だからだ。できることなら責任なんか
負いたくない。他人の心配などまっぴらである。
難しいことより易しいこと、苦しいことより楽しいこと。
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02月15日(金)
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