ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396471hit]
■2477, 62歳の誕生日に
60歳以降の人生を、60歳前までに押し込んで生きてきたので、充実感は強い。
昨夜は、一日早い誕生祝いをスナックでしてきた。
以前は祭日だったので、一人でたまたま開いているスナックに
飛び込むのを、楽しみにしていた。誕生日というと、
祭日で暇なこともあり歓待をしてくれた。それが狙いなのだが。
−−−
書き終えてから、数年前の随想日記を見ると、ほぼ同じ日記が書いてあった。
毎年同じ感想というのも馬鹿みたいといえば馬鹿みたいなものだ。
しかしメルクマールー道しるべーにはなっている。
・・・・・・・
2004年01月15日(木)
1016, 58歳の誕生日
あと二年で還暦である。もうこの年になった!というのが実感である。
60歳までに、60歳以降の余白を全て埋めてしまう生き方をしようと
50歳の時、決心をした。「10年で30年分を生きる」が、
それからのコンセプトになった。 そして8年が経つ。
実際のところ、そうしてきたかというと自信はないが、
そう思って生きてきたことは事実である。
「海外旅行を50回を60歳まで」にと目標としたのも、その一つである。
この随想日記もその一つだ。60歳を過ぎてからというのが一般だが、
約三年前1千を目標にして、昨年の暮れに達成した。
言い残しておきたいことは殆ど書いてしまった。
あと二年で730日分書けば?もういいだろう。
父が58歳の時、私は中学二年生だった。
その頃、50代後半は凄く年寄りに見えたものだ。
恐らく若い人から見たら、そう見えるのだろう。
年齢を重ねると、マイナスだけでなくプラスも同じくらいあることも知った。
若い時と違った充実をした日々を過ごせるのだ。
経営をしていると、そう心休まる日はない?が、といって毎日の内容が濃い。
この年齢の風景を見てみると、
・10〜15lの同級生が亡くなっている。
・私の両親の兄弟姉妹と連れ添いは9割以上亡くなっている。
いとこは4割、兄姉は9人中4人亡くなった。
従兄弟で現役で働いている人は一割もいない。
兄姉で働いているのは、兄夫婦と私だけだ。
同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。こんなものだろう。
生老病死とは、よくいったものだ。生き、老い、病んで、死んでいくのだ。
それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。
といって死ぬまでは生きているのだ。また楽しみは無限にある。
「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。
・・・・・・
2003年01月15日(水)
647, ハッピーバースデー
おめでとう〜 *<( ・∀・)ノ□☆□ヽ(・∀・ )>*
ツアーで、ホテルのレストランで食事をしていると時おり人だかりができる。
宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが全員集まって、
ケーキに火をつけハピーバースデーの歌を歌っているのだ。
小さいレストランの場合は全員が合唱をする。何とも心が和むひと時だ。
そして本人がケーキを持って、各席に持って回って配るのだ。
キリスト教徒の誕生日に対する思い入れは、日本人と比べるとずっと強い。
それはキリスト教の教えにある。神から頂いた生命の記念する日に、
その場に居合わせた人は神の意思である。従って祝うほうも心からその人に祝福する。
またケーキもその祝福として、お互い分け合う。
与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。
あの暖い雰囲気には、キリスト教の教えの背景がある。
数年前までは1月15日は休日であった。その誕生日には一人で飲みに出ることにしていた。
それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。
この日だけは家内は「一人休日に飲みに出ること」に文句を言わない。
休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って誕生日で特別に
[5]続きを読む
01月15日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る