ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2420, サブプライム問題 ー1
 目に見える「人間」を認めないとき、逆に関係性そのものとしてとしかあり得ない世界の
 ありようが見えてくる。そのことによって、各人の個性が個性でなくなるわけではない。
 個性すなわち、性格の現れとか感情の訪れなどは、そもそもが「個人」の出来事ではない。
 いや、個人などというものは、この世界のどこにもない。
  まずは、そう思ってみてみたらどうか、世界の相貌は劇的に変わるはずである。
 そうすると、関係性としてしかあり得ないそのような世界で、
 孤独はどのようにして可能だろうか。
 
     言葉は個人の発明ではなく、個人の所有でもない。言葉は個人のものではない。
     しかし、人は多く言葉は個人のものであり、言葉を話すのが自分であると思っている。
     しかし、もしも言葉を話すのが自分であるなら、なぜ他者と話す言葉との間に、
     「会話」が成立するのだろうか。あの人は話が合わないというためには、
     あらかじめ話の意味が理解されていなければならない。
     理解されている言葉の意味は、自他の区別より先に存在するのである。
     ある言葉を選択し、そのように使用する、そこに各人の個性が現れるのであって、
     その逆ではない。「人間の側」こそが、言葉の個性のために使われる「口」なのだ。
 
 論理に孤独の影はない。それは、すべての人に理解され、また理解されるべきものとして、
 思考の光源に輝くものだ。論理から離れ、遠ざかるにつれて、言葉の影は濃く長くなる。
 それは各人の心の陰影として、さまざまな角度から理解されることを拒まないものだ。
 あるいは、そもそも理解されることを拒むものだ。
 理解している、そう言われれば、いや理解などされたくない、そう感じる部分はあるのは
 どういうわけか。他人には理解できない秘めたる部分が自分にはあるのだ、
 そう思うことによって心のどこかで悦ぶのは、心は日の光に広く暴かれることを必ずしも
 望まない、心はじつは自分の影を好むからである。
 心は、その孤独が自分自身にとっての一種の滋養であることを知っている。
 心は孤独を味わい食べながら、その陰影をさらに深くする。
 ヒダのひとつひとつには、そのように味わわれた世界がそのつど織り込まれてゆく。
 
     友情が、魂にとって必要なのは、お互いに相手を信頼しているからである。
     信頼するとは、相手の孤独を尊重することに他ならない。
     孤独は尊重されるべき価値だということを、成熟した魂は知っているのだ。
     そうでなくては、言外の含みへと互いに想像を巡らす、
     そのことで信頼を深める友情が、どうして可能になるのだろうか。
     深く孤独であるほどに、さらに関係しあえるのだから、魂は。
     魂は、自分であるほど他者になれるのだ。
 
 じっさい、われわれは誰も、その見た目やその言葉の背後に、それよりはるかに広大で
 複雑な領域を所有している。この当たり前の事実を、他人にも自分にも認めるとき、
 孤独であるということは、それ自体で非常に豊かであると知るはずである。
 ある意味で、魂は、想像力そのものとして世界に関わり、世界そのものの宇宙の内実と
 化すことのできる魔法である。
 魂の孤独こそが、この喧騒の地上における、唯一の楽土としてあり得るものだが。
                (*^○^*)ノ ホンジャ!また
・・・・・・・・・
2005年11月19日(土)
1691, ザ・マインドマップ−4
ーマインドマップのメリットといえば、
(字数の関係でカットー2007年11月19日)

 。。。。。。。。。〆(∀`*)
 2004年11月19日(金)
1326, 海外旅行ー履歴  

今までいった旅行履歴である。あらためて、よく行ったと自分でも感心する。
60歳まで50回という目標は無理であるが、年二回のペースなら63歳に達成する。
この不況の中、年二回のペースを守れるかどうかだが?
70歳まで、年二回のペースを守ると65回になる。

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11月19日(月)
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