ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2399, 世間に踊らされた「悪役」
葬式の写真に入った今、あれもこれも経験しておけばよかったと後悔しているのだ!
人の評価など、どうでもよいことだ、とにかく生きろ!生きろ!そして活きろ!
未知に向かってどんどん歩け! それしか人生はないのだ!
その為には、俺の言葉を真剣に聴け! 生きているうちだぞ、娑婆は!
呆けに惑わされるな!いや、お前が呆けているのだ!それにに気がつけばよいのだ。
自由になれ、その壁に気がついてないのか!
ーー
自分の潜在からの声が、死者たちからの声に聞こえてきた。
{メメント・モリ}ー死をおもえ、ということか。
・・・・・・・
2004年10月28日(木)
1304, まさか、地元で大地震!−5
昨日の、余震には驚いた。震度4以上の余震がいつまでも続いているのが、
中越地震の特徴だ。今年の台風と一緒で、そのしつこさは今までなかったことである。
世界規模で起こっている異常気象の一つの現象であろう。
それと、余震の中のレスキュー隊による、奇跡の行方不明の母子の救済のTV中継も
迫真であった。二歳の幼児一人だが助かったが、母親の愛情の結果であろう。
何か私たちに解からない人間の深い何かがあるのだろう。
不可思議としか思えない、奇跡である。
今回の地震は新幹線の脱線、奇跡に近い子供の救出劇、
大きな余震が異常に続いていること、長岡市の4分の1が避難所にいること、
そして、身近で起きていることが特徴である。
ところで昨夜、夕食のため長岡駅前の居酒屋に行った。
長岡駅はニュースで言っていたとおり閉鎖されていた。
駅前の店は殆ど休業をしていたが、全国チェーンの店が数軒開いていた。
プロパンガスを使っているので営業が出来たのだろう。6時前だが、ほぼ満席であった。
私たちの両側の席は、やはり応援部隊の人たちであった。
その帰り、避難所になっている阪の上小学校を覗いてみたが、近所の人がいた。
館内放送で「配給は、おにぎり一個に、飲料ボトル一個、
それに子供にミタラシ団子一個の配給だけになります」といっていた。
昨日も、刺激的な一日であった。 今日は、新潟行きに再挑戦だ。
ー日常の「生もの」を書いている日記のコーナー
「バードウォッチング」の数日分を以下にコピーしておきます。
ーーー−−−
メルクマール
10月27日
・今日はもう大丈夫と思って、10時前に新潟の会社に向かう。
見附のバイパス脇にあるディスカウントで給油をして、三条への交通事情を
若い女従業員に聞いているところで、いきなり揺れがきた。
彼女は車のドアに掴まって、しゃがみこんでしまった。
私が、「これは5強位ですね」と言うと、
「そんなものですね。それでも出発直前で、よかったですね」と、
もう彼女は冷静になっていた。
怖いので、「このまま5分、停車していますから」と言って、様子を見ていた。
さて新潟に行くか、長岡に帰ろうかの判断をしなくてはと考え、直ぐに自宅に
電話を入れるが、不通。それではと、新潟の会社の人に電話を入れると、
中越地区は震度6とのこと。給油所の電機が消えて、さらに目の前にある信号が、
停電で消えている。月末の支払いの判の仕事は29日まで大丈夫なことを確認して、
長岡の自宅に帰ることにした。
バイパスの長岡まで20分位の帰路、事故が起こってないかと見ていたが、
一台の事故車は無かった。
ただ、道路わきの建物は停電の為か、電機のついている店や建物が無い。
‘これを書いている現在も、推定4の揺れがあった’まさにくライブである。
自宅の近くにある長岡大手高校(昨日、小泉首相が慰問に来た高校)の前を通ると、
グランドや校門や道路に避難をしている人が、100人以上出ていた。
家は、門の下のセメンが少し剥がれていた。それと食器が数個、壊れていた程度だ。
電機と水道は大丈夫であった。こういう時は、大人しくしておくべきとつくづく
感じている。もう、大丈夫と思ったのだが。
追文 14時40分
たまたま、TVをつけたところ、NHKで小千谷の母子三人の救出が生中継で
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10月28日(日)
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