ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2357, ギリシャとエーゲ海の旅 −3
そういう自然の荒々しい感触のようなものが、じわじわと迫ってくるわけ。
何か、納得できないような、本質的な屈辱感があったね。
もうそれに対してこちらは何も、ほんとうに何の知識も役に立たない。
それを、どう理解しようたって、理解しようがない状態が一日何回かあって。
もうこの時だけは、前からもらっていた精神安定剤を飲んだ。
まあ、卑怯のようだけど、それしかできなかった。
あとになって、手術後のモルヒネ系の鎮痛剤のおかげだと思うけど、
自分の病室の隣の、別の棟の屋上にね、ぞろぞろ、ぞろぞろ、
色んな人間が出てくるのを見た。三晩位続けてね。
男ばかりで、全然見知らぬ人たちばかりなんです。
ただ、その人たちがとっても懐かしかった。
トテモ慰めらた感じがしてね。それは夢とは違う。
夢の場合は、かなり解るよね。あの人この人って。
それが全然ない。純粋に他人がいるということ。
この私という私的でしかない次元のことは,意外と重要でなくなって、
荒涼と巨大な「自然」に、一人で直面する。
あなたの言う、単独性ということをリアルに感じました。
あくまで単独性という荒涼たる事実の感触である。
ー日野
僕は以前から、キリスト教圏の悪魔という存在がよく解らなかった。
おどろおどろしい魔性のものでなくて、映画にでてくる「エクソシスト」
のような悪魔のイメージね。それが少し解ったような気がする。
ーつづく
ー後記
両親の死を身近でみて、その死へのプロセスの中に、
それまで生きてきた全ての人生が凝縮しているようであった。
その重なりの中から、著者の視点を見ることができた。
これだけ自分の死をリアルに描写している文章も稀である。
ぎりぎり追い詰められた一人の生々しい姿が目に浮かぶ!
誰もが直面する問題であるから、迫ってくる。
・・・・・・・・
2004年09月16日(木)
1262, 書いてなかった旅行記 −1
ーカナダ旅行記−
過去の旅行記は殆んど書いてきた。しかし先日、地域別ごとに旅行記を纏め直していて、
カナダと、ハワイと、中国(桂林・香港)の旅行記が書いてなかった事に気づいた。
そこで早速、書くことにする。
まずはカナダである。 カナダは二回行っている。
一回目を書いてみる。
この旅行は、トロントと、その近くにあるナイアガラと、ロッキー山脈と、
バンクーバーと、その近郊のブッチャーガーデンを巡るコースである。
ナイアガラはNHKの特集を見ていたが、実際見てみて
「こんなものか!」と少し失望したのが実感であった。
しかし、ボートで近くの滝のカーテンの迫力は実物ならではの迫力があった。
しかし、この旅行のハイライトはロッキー山脈のジャスパー国立公園である。
飛行機の乗り継ぎなど、かなりの強行軍で、バスでジャスパーについた時には
疲れのため熟睡をしていた。
ふと目が覚めると、今まで見たことのない裸の大きい山が展開していた。
変な夢を見ていると思いつつ、再び目を開けると、どうも夢でない。
そこは私の知らない別世界であった。
それからは、次から次へと見える光景に目が釘付けになってしまった。
これまでの自然のパノラマを見るのは生まれて初めてであった。
日本でも黒部渓谷や立山など、多くのパノラマを見てきたが、
そこで見たものは全く違うものであった。
「なんだ?!こりゃ!」と息を呑む景色が次々展開しているのだ。
「こんなところが、地球にあったんだ?知らなかった!」
「これを見るまでの人生と、この後の人生は全く違う。
家を叩き売ってでも見るべき価値はある!」
等々の感激が、ロッキーにいる最中次々と出てくるのだ。
この時から、旅行は大自然派になってしまった。
自然の美しさを、これだけ数日に渡って味わって見たのは初めてであった。
この世には、やはり神がいたのだ。
自然が自然と、こういう神々しい姿を創りあげたのだ。
山々の神々しさ、そして空の青さ、湖のエメラルドグリーンの美しさ。
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09月16日(日)
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