ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2312, 政治家の家族とは・・ −1
「変化、挑戦、戦い」が生物の成長のサイクルである。
環境の変化に対して、自らを変えることが成長ともいえる。
また自のサイクルに変化を見つけだすことも必要になってくる。
我われが直面している激変の現在、自分もその変化に合わせて変わっていかなければ、
変化そのものに自らが抹殺されてしまう。現代はインターネットなどの情報化の技術や、
グローバル化で変化のスピードが益々加速している。
ところが変化することは、非常に難しい。とにかく人間は変化を嫌う。
現状を根こそぎ否定しなくてはならないからだ。
それが出来なくなった時、脱皮できない蛇のように死ぬしかない。
自分の過去を振り返ってみると、その節々に大きな変化をしている。
その変化が止まった時に停滞が始まっていた。
起きた現象に対して、逃げずに直面して戦うことから
挑戦の第一歩が始まる。その中から変化が生じてくる。
特に激変の時代には、ただ変わればよいわけではない。
激変にあわせてより大きく変身しなくては何の意味も無い。
激変の時は、真似をしていては変化に追いつかない。
自らの脳で考えなくてはならない。
組織内では、とにかく配転しか能力をのばすことが出来ない。
出世コースは配転を繰り返し、キャリアを重ねさせる。
本人にとって重圧かもしれないが、行蔵として蓄積される。
変化は結果として竹の節のように自らを支える役割も果たす。
そのため、節は打たなくてはならない。
世界が、日本が大きな節目にきている。
情報化が根こそぎ世界を変えようとしている。
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2004年08月02日(月)
1217, 広松渉ー哲学について-25
広松渉の「新哲学入門」を読んで非常に難しいが、
今までの常識が、根底から崩されてしまった。
その後、「哲学入門一歩前」を取り寄せて読んだが、
むしろ「新哲学入門」のあとで読んでよかった。
広松渉は「もの」から「こと」の世界へのパラダイムチェンジを主張した。
「物的世界像」から「事的世界像」への転換である。
・旧来の世界像は
「世界、存在界をモノから成り立っているとみなす。
まず独立に存在する実体があって、それら実体が諸々の性格持って
お互いに関係する」
・これにたいして、「『事的世界像』は、関係規定態こそ第一次存在とみる。
実体は、関係規定性の存在論的には独立自存体ではない。
要するに関係があってこそ、存在がある」と考えた。
広松は、日常意識で当たり前と思ってきたことを疑い、それは根底から違うという。
彼は近代哲学者が思索を重ねてきた疑い得ない「基盤」を、根底から崩そうとする。
「私たちが見ている現象が果たして真実なのだろうか。
善悪の判断基準は何なのだろうか。 美しいと思い込んでいるだけではないだろうか。
等、今まで信じられてきた『真・善・美』とは、果たして何だ?」
今の時代は、幸福とか消費を基本的に、「もの」の充実とか消費だけでなく、
フィーリングとかサービスとかいう価値観でもとらえている。
別荘を持つことより、リゾートホテルの会員権を持つ時代である。
家を建てるより、旅行をしてまわるほうに価値をおく時代である。
そのサービスとかフィーリングに生活に必要なものと認知してしまっている。
この情報化の社会では、ますます広松哲学を知っておくべきである。
実際のところ、次代から次次代のTVは、実際の生の目でみた対象より
鮮明に映し出すという。カメラでは、その域に到達しているというが。
こういう時代には、近代哲学者がたてた哲学を根本から考え直さなくては
ならない時代になっている。 それが「事的世界像」への転換というのだ。
つづく
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2003年08月02日(土)
850, ミッション・ステートメントー自分の憲法
ー原案ー
・死ぬ時に「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」
と心から感謝できる人生を生きる。
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08月02日(木)
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