ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2311, カント ー世界の限界は経験可能か?−1

                (*´・ω・)ノはよー  
  『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著
                   ー読書日記ー
  
    カントは難しい。ここでも何回か書いてきたが・・・
   トルストイをして「何度読んでみても、サッパリ解らない」
   と言わせしめるほどである。
   「それまでの哲学をカントで哲学を収れんし、
   その後の哲学は、カントから始まる」と言われている。
   
   亀のようでも良いから少しずつでも理解してやろうと5年ほど前に決意。
   ことあるごとに、噛み砕いてあるカントの本や、各種の哲学書の中の
   カントの章を読んでいるが、それでもサッパリ解らない。

私が、カントの属性(クル病とか、生活の規則正しさとか・・)でなく、
哲学のエッセンスで解りえたのは、
・合理主義を経験主義を統合したこと
・「し・な・の」と憶え、
  『人は何処まで‘知り’えるのか』
  『人は‘何を成すべき’か』
  『何処まで‘望みえる’のか』という人間の根本を追及していた。
・カントを説明する上で、ある哲学書が一枚の絵を紹介していた。
 −雨上がりの草原に小さな二人の姉妹がいて、
 マンドリンのような楽器を盲目の一人が弾いている。
 その逆側の娘が盲目の娘の肩越しに、雨上がりの草原の虹の景色をみているー
 この絵は、雨上がりの草原で若草の匂いの中、好きな楽器を弾いているが、
 眼がみえないため、虹と草原の美しさを知ることができない。
 人間は、その機能の範囲でしか対象を認識できない!ということである。
 世界の限界を経験しても、その限界を超えることは出来ないということだ。
・現象は、それぞれカラーのサングラスをかけてしか見えないし、その色に
 限定されるということである。
 −−−等々である
 以上の簡単なことを知るのに、悪い脳で必死に取り組んだ結果である。
 
    先日借りてきた『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著
    ーNHK出版ーが、シンプルにカントのエッセンスを抜き出してあった。
    110頁ほどの本だが、視覚的にスウ~ッと入っていける?
    読んでいると、何か何面体かの球状鏡に色いろな意味が照り返しているような
    気持ちになる内容である。
    一度借りてきたことがあったが殆ど読まないで返してしまった。
    今回が、もう一つカントを理解するうえで、丁度良いタイミングなのだろう。
    それとノロマながら、先ほどのことを、さらに一歩解りかけてきた。

 次回から、少し手間がかかるが、私の知的レベルに下げて、
 這いずりながらも意味を掘り下げてみたい。
 その為に、中古本だが注文をして読み始めた。
 何度も何度も繰り返し書き込みを入れないと、とうてい歯が立たない。
 哲学は、脳の中枢の情報えり分けや、吸収の根幹に関わるので、
 避けて通ることはできない。 考えること、それが哲学である。
 そして考えること、それが人間としての姿だからだ。
 
 「なに考えてんだ?自分は!」「なに考えてるんだ?あなたは!」と、
 何時も自分に、他人に問いかけているわりに考えるということを考えてない。
   そして、晩期になって、「自分は何をしてきたのだろうか?」
   と、悶絶をする。  もう始めている? 本当にご苦労様です。
 
                ホナナァ☆ |・∀・`@)ノ|Ю  
 ・・・・・・・・・
 2006年08月01日(火)
  1946, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る−2

            Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
その日(7月29日)の夜、松下さんと長岡市の駅近くの
「一心堂」というスナックで飲んだ。そこで、
「阿賀野川の河口で帆付きのカヌーで向う岸に渡ってきた」と、
酔っ払いの自慢話。ところが、マスターとスタッフが、そこをよく知っていて、 

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08月01日(水)
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