ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2283, 10歳の放浪記
韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても
盛り上がりが少なかった事は否めない。
ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。
南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。
彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、喜びは最大級だろう。
TVの前でこれだけ熱狂するとは思っていなった。
☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyё βyё♪
・・・・・・・
2005年07月04日(月)
1553, 宇野千代−2
あるHPに彼女の語録が出ていた。
突き抜けた明るさが全ての語録の中に出ている。
もし鬱になりそうになったら、彼女の言葉を何度も読んでみるとよい。
私の場合は、十年以上もトイレに中村天風の本が置いてあるが。
あるHPにあった彼女の語録をコピーしておきます。
ー「宇野千代語録」ー
*信じるということは面白い事である。
人の力ではなく、自分の力を信じる、自分にはこれっぽっちの力しかない、
と思っていたときと、そのこれっぽっちの力を大切にし、
そして、その上にもまた積み重ねて行く力があるかも知れない、
いや、あると思うようになったときとは、違う。 (「願望」より)
ー感想ー
言葉の力こそ、人間のイメージを作りあげる源泉である。
また自分の中の小さな力を見つけ出して、そこに集中することこそ
自分の人生のゲーム化の一歩である。
ーー
*本当のことを言えば、私の九十六年の人生は決して平坦な道ではありませんでした。
それどころか、でこぼこの道の連続と言った方が早いくらいの人生でした。
でも、あるとき気がついたのです。
でこぼこがひどければひどいほど、やっと見つけた幸福の味もいっそう美味になる
と言うことです。
そして、足をくじきそうになりながらあるいは、くたびれて膝をがくがくいわせながら
歩いたでこぼこ道の思い出のほうが、いつまでも心に残り、自分を成長させるものだ
ということを知りました。そう思うと、でこぼこの道も、ちっとも苦ではなくなりました。
(「幸福に生きる知恵」より)
ー感想ー
こう思えるのに、一生かかったのだろう。
ーー
*私はいつでも明日から後のことを考えていた。明日は何をしよう、と思っていた。
考える事が雲霧のように寄せて来る。明日から後の世界ではいろいろなことが
出来るような気がする。今の現実から明日の夢想にまで梯子をかけて見る。
私は一段ずつ上がる。いつでも上の方を見て上がる。
下の方を振り返るようなことはあんまりない。(「願望」より)
ー感想ー
過去のことを考えていたほうが楽。
明日から後のことを考えるほうが本来苦痛のはずだが。
そこが彼女の凄いところである。
ーー
*人間というものは、おかしな、間違ったことをしていても、
一心不乱でしている中に、そこからとんでもない芽が吹いてくることもあるのですね。
(「お化粧人生史」より)
ー感想ー
この一心不乱の持続というのが難しい!
ーー
*私は、辛いと思うことがあると、その辛いと思うことの中に、
体ごと飛び込んで行く。まず、飛び込んで行くと、その、辛い、
と思う気持ちの中に、自分の体が馴れて来る。
不思議なことであるが、その、体が馴れてくることで、それほどには、
辛いとは思わなくなる。これが私の生活の術なのであった。
(「生きて行く私・下」より)
ー感想ー
正中心一点無という言葉があるが、中心点から目を外さないことだろう。
ーー
*どんなことの中にも、愉しい、と思う要素はあります。
目をみはってその、愉しい、と思う要素を探し出して、
愉しく生きて行きたいものと私は思います。
愉しく思うことは、また隣の人にも伝染して、そこら中が、愉しいことだらけに
なるものです。
すると世の中がどんなに暮らし良くなるものか、想像するだけで嬉しくなります。
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07月04日(水)
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