ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2064, あたりまえなことばかり −15
これを避けようとするのだ。できるだけ時間を短く過ごすことが
生の確証であり、生きがいの充足をしていると思っている。」
著者は「あらゆる人間の行動はすべてその人の暇つぶしである」
と述べている。この人間の行動というものの中には仕事や家事、
学術的な研究まで含まれる。
暇であるという状態は、その人に自己の生の無意味感を与える。
それを感じたくないがために、
我々は何かを行っていなくては生きていけないのである。
何かこの辺を読むと人生とは何ぞやとか真面目に考えるのが
馬鹿馬鹿しくなってくる。
(^_-)つづく
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2004年11月27日(土)
1334, 「おカネの発想法」ー読書日記
父が末期ガンで死期を悟った時、私に意味深のことを言ったことを思い出す。
「紙に一千万と書いて、
この一千万と通帳の一千万と自分にとって何が違うだろうか。
今さら一千万の現金を手にとって使おうとしても何に使えない」
と。
死を目前にした父にとって、いくら現金があろうが、それが何にもならない。
お金も、元気なうちに使わなくては価値がない。
「使えるから価値があるので、使えないのは価値がないのと同じである!」
と言いたかったのだろう。
好きな事業をしてきて、地方としては戦前・戦後と二つの時代に渡って
成功をしてきた人である。
そして、道楽も幾つか持ち人の数倍も人生を楽しんでいた。
「全く同じ人生を、いま一度生まれてきた繰り返したい!」
が、父の最期の口ぐせになっていた。
父は事業の恐ろしさを知り尽くしていたので、最悪のヘッジとして
不動産や、証券や、古道具や、現金にして溜め込んでいた。
しかし死を目前にして、何だったのか疑問を持ってしまったようだ。
反面、事業をしていると、資金は命の次に大事であるとを思い知る。
会社の血液である。
「ある日突然、思いもよらない時代の激変が起こって裸になってしまう!」
ことが、経営の宿命である。
そのため、経営はそれに備えて置かなくてはならない。
しかし、あるところまで生きてきたら、生き方そのものを転換をしなくては
ならないことを、その時に父から教えてもらった。
ーーー
ーーこの本の印象に残ったところを抜粋してみる。
ーあなたは、おカネである金貨を大きな袋に詰め込んで船に乗り込んでいます。
ところが、乗っていた船が激しい嵐に襲われて、船を捨てて避難しなくては
ならなくなりました。そこであなたは、金貨の袋を腰にくくりつけて、
海にとびこみました。
海底に沈んでいきながら、あなたは人生を振り返りこう思い悩みます。
私はお金を所有していたのか、
それとも、お金が自分を所有していたのだろうか、・・・と。
お金は所有するものであって、所有されるものではありません。
お金に振り回されないためにも、お金を所有することの向こうにあるはずの
リアルなコミュニティの重要性に気づくべきです。
ーーー
ーヤップ島の石のおカネの話と我われの通貨とどこが違うというのか。
ヤップ島には、車輪のついた乗り物がなかった。
したがって、道路も整備されていなかった。
そこで、、1898年にドイツ政府がコロリン諸島をスペイン政府から買取り、
所有権を引き継いだ時、荒れ果てた道を修繕するように通達を出しました。
ところが、全然修繕が進みません。
そこで、ヤップ島の通貨として指定したドイツマルクで金を取ろうしたが、
島民達は、笑うだけで自ら修繕しようとしません。
そこで一計を案じました。
通達を出した村や町に役人を送ると、価値ありそうな現地の通貨の
「フェイ」に「×印」をつけて、政府所有にしたのです。
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