ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2029, 中越地震から今日で二年
頑なにしていただろう。それだけあまり思い出したくない日々であった。
まあ誰もが入社したての頃はそうだろうが。
書き残すということは非常に長い目でみても有益なことである。
「猿人類と人間の差は魂を持っているかどうかの差である。
魂とは、言葉を持つことによって得ることが出来る。」という猿人類学者の言葉を、
このような日記を読み返すと実感する。
言葉で書き残してなければ、当時の心の叫びは残ってない。
おりおり、配属の日の日記とか、卒業式の光景、そして神戸の日々とか、
禅寺の一日を書き写してみるつもりだ。
ただし五日間のみにする。あまり当時を直視したくない。
心情を書き残すということは魂を書き残すことと実感する。
今このような日記を書けといっても書くことは出来ない。
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S5709事業百訓
ー1982年7月9日記(社内報)より
何かの偶然で私自身全く貴重な経験をしてみた。
修業という事で、三重県のA社に勤め、考えるところがあり再び学校へ入り、
その後石川県のB社に再就職をし、その後独立したのですが、私がB社を去った3年後、
A社がB社を吸収合併をしてしまった。
別に系列下にあったわけでもなく全くの偶然の一致であった。
私自身修業という事で入ったのですが、戦略・戦術という面での社長の決定的違いを
一兵卒の立場よりケース・スタディという面で、非常に勉強させてもらった。
資金の使い方、人間の使い方、立地戦略、モラル・教養、全くの本質的な違いであった。
その決定的な違いをみると、
(1) 非生産的過大固定投資の失敗
(女子寮マンションの建設及び、時期早尚の配送センターの建設)
(2) 点作戦の失敗(地方都市にありながら、面戦略より点戦略をとり、
結果として、他社よりねらいうちにあい全店舗がいきづまりをみせた。
(3) 人材の育成・成長を持っていなかった。
(教育・マニュアルの不備よりくる)=教育重視の戦略の甘さ。
中途採用者グループ間の派閥争いで“子飼社員”が育つ前に失望退社のパターン。
(4) 長期・中期経営計画のつめの甘さ等である(以下次号)
S5711事業百訓
−1982年11月記
A社は当時地方の一スーパーでありながら、S44頃内部留保数十億もあり
(現在の百五十〜二百億円)非常に内容がよく、市内でカジュアル関係の衣料の
70〜80%近くもおさえていた。
しかし、将来を考え三社対等合併にふみきり、業界のドギモを抜いた。
社長の決断であり、それが現在の業界三位の地位をしめたその出発点である。
企業もその環境にあわや自己脱皮をはかりつづけなければ、その生命もすぐつきてしまう。
その事例としてB社を経験した。
“企業は大きいから強いのではなく、強いから、大きくなる”
“小さいから弱いのではなく、弱いから小さいのだ”
“弱いから強いのに食べられる!”
という事実を二社の企業体験として骨のずいまで実感した。
内容のよい上り調子の会社は、それだけで社員の気持が一つになり、
かつ非常に働きがいがあるものであり、内容が悪化しお互いの足のひっぱりあいが
常態の会社は、それだけで人間がくさりはじめていくものである。
それは決して、社員の責任でなくすべて社長の責任である。
時流にあわせながら自己脱皮をはかりつつ内部体制をかため、
強い体質を作っていく事がすべての優先されねばならない。
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2003年10月23日(木)
932, ある旅行代理店の廃業
ツアー大好き人間として、旅行代理店遍歴を多くしてきた。
初めは日本旅行を母が使っていた因縁と、他の代理店の情報不足の為にブランドに
頼りざるをえなかった。
ところが、民間の安い代理店「新日本トラベル」をつかった姉が
「値段の割りに良かった」という話を聞いて、スペインのツアーに参加してみた。
その添乗員が非常に良かったことも含めて、今までの常識を根底から崩された。
「日本旅行」は、そのブランドを使っているが、旧国鉄感覚の
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10月23日(月)
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