ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1999, 「私」のための現代思想 −3
現実で、それを越えるものはむしろ非現実的な事として、自分を退けてしまう。
といって開きっぱなしだと、向こうに行ったきりになる。
ー日野
西欧の世界全体のそういう構造は彼らの心の構造でしょう。
いま先生のおっしゃった日本人のそういう一種の世界観・世界像は
われわれ自身の心の構図ですね。
ー今西
そう。その心の構図が和魂の「魂」ですよ。
ところがいまの学校教育は西欧一辺倒なんで、文部省は、そういうところを
教えない。国が率先して魂を捨てさせている。
そやから、進化論もそれなんですよ。生物の主体性を全然認めようとしない。
で、自然選択という言葉があるように。生物の進化はまず突然変異ができて、
それが環境に選択されるというのです。
突然変異はランダムに生ずるというから、生物の主体性はチットも働かない。
つぎに環境がこれを選択するといったら、これもまた生物は環境まかせで、
チットも主体性を働かせることができない。生物とはこんな憐れな存在なのか。
僕の進化論は主体性の進化論と銘うっています。
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2004年09月23日(木)
1269, 否定的想念の恐怖
人間の脳には、磁力があり、否定的想念を持てば否定的情報とその類の人間が集まり、
反対に肯定的想念を持てば、肯定的情報とその類の人間が集まる。
私の経験でいうと、否定的想念のほうが肯定的想念より磁力は圧倒的に強い。
周囲には否定的想念の情報とその類の人間の方が圧倒的に多いからだ。
肯定は意志を必要とするし、
否定的想念は感情のまま周囲と供に流されていればよい。
教養が身につけばつくほど肯定的生き方になるのは、その知識を持つからだろう。
いやそうでもないか。
否定的想念の習慣はその人に、必然的に否定的人生を強いることになる。
「否定的想念の恐ろしさ」を説明するにわかりやすい実験として
「ヴードゥー死」と呼ばれる実験がある。
ーその内容とは、
ヨーロッパのある国にプアードという死刑囚がいた。
彼はある医師から、医学の進歩のために危険な実験に協力してもらえないかと
持ちかけられた。人間の全血液量は体重の10パーセントが定説となっているが、
われわれは、10パーセントを上回ると考えているので、ぜひそれを証明したいという。
彼はその申し出を受け入れ、目隠しをされてベッドに横たわったプアメードは
血液を抜き取るために、足の指先を小さくメスで切られた。
足元には、容器が用意され、血液が、滴り落ちる音が、実験室内に響き渡った。
プアメードには1時間ごとに総出血量が、告げられ、やがて実験開始から5時間がたち、
総出血量が、体重の10パーセントを超えたと医師が大喜びした時、哀れこの死刑囚は、
すでに死亡してした。
ところが、この実験、実は、血液など抜き取っては、いなかったのだ。
彼には、ただの水滴の音を聞かせ、体内の血液が失われていると思い込ませただけだった。
ーこれが、「ヴードゥー死」と呼ばれる現象である。
人間の想念には、それだけ大きい力があるのだ。
風邪とか、体調を崩した時は深く考えない方がよい。
否定的想念に陥りやすいからである。
それと人生マイナスの時は、否定的想念になっている。
仕方がないが。
その時は、無理をせずマイナスの時が過ぎ去るのを待つしかない。
石川啄木の
「人がみな我より偉く見ゆるとき、花を買い来て妻と親しむ 」
が、こころ打つ。
否定的想念に対する処し方の最適な本は、
やはり「中村天風」の本だろう。
もう二十年以上トイレに置いて、毎日読んでいる。
それでも時々、マイナス想念の風が吹きあれる。
「 こころこそ こころ迷わすこころなれ (こころにこころ) こころ許すな」(古歌)
ということか。
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2003年09月23日(火)
902, 「守護霊との対話 」
母が晩年よく
「私には守護霊がいて、一生を通して、いつも守っていてくれたような気がする」
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09月23日(土)
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