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堀井On-Line
by horii86
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■1971.事業百訓・・・H
観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。
音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。
上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて、
優勝チームは10億以上の賞金がつき、
かつ翌年に向けてのよいスポンサーが約束される。
その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。
カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”が、
すべて含まれている。
東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。
ブラジルの印象を書くと、
“サッカー”と、“サンバ”(カーニバル)と、“森林”と、
“イグアスの滝”そして“汚職まみれの国”である。
さらに加えるなら“まずしさ”である。
H0705
バンジージャンプ
ナイアガラの二倍の落差のビクトリア大瀑布に息をのみ、そのまま進むと、
ジンバブエとザンビアの国境を結ぶ小説等で有名な鉄橋がみえてきた。
よくみるとバンジー・ジャンプで丁度人がとびおりたところであった。
思わず“私もやりたい!”
今年の五月にニュージランドで43mの高さを挑戦!
今度はその二倍あるという。
現地案内人の黒人女性も、私の気迫におされてOKの返事!
一度国境を出てまったく無国籍の橋の上へ。
国境警備員も本当かと何回も念を押した。
そして……。
飛び込み台に立って気がついた高さと恐怖心は正比例である事に!
氷つくような恐怖心!後ろをふりむいて“やっぱりやめた!”
という一瞬の気の迷いを振りほどいてジャンプ!
何と次の瞬間思いもよらない脳の奥より声!
“目をあけてみてみろ!”
何とそこには高速道路で170qのスピードで車をはしった時の世界と、
同じような空をとんでいるような感覚。
いやに緑の木々の印象の強い光の中をつきぬけていく風景がみえてきた。
さらに恐ろしいのは50m位の中間で何分か宙づりになり、
橋まで再びひきあげられるまでの恐怖であった。
(次はヘリコプターよりのジャンプ!?)
ーニュージーランドのバンジージャンプー
四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム。
まさに“身も氷るおもい”そのものであった。
あの飛びこみ台は死刑台と同じ感覚ではないかとその瞬間思えた。
立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。
自分は何でこんな事をしてしまったのか。
まさか自分がここより飛びおりる?
…本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。
そういえば現地の日本人ガイドが私の申し込みに、
四回も私の目をみて念をおしたのも頷けた。
また、その後にのったジェット・ボートの現地の運転手が、
その事を聞き真面目な顔で“クレージー”。
(ニュージランド、クラフトチャーチ)
H0705
事業百訓
458 “才能とは自分で決めること、そして人として最も大切な事は
他人とは何かを考える事。”(山川方夫)
459 競争対策とは“差別化”のことです。
それはより徹することでのみ勝者となります。
徹することは、より例外を少なくすることです。
換言すれば“標準化”の徹底ということですが、
それは内容を“単純化”しないと一向にすすまないものです
(3S主ギ)―渥美俊一
460 「いや、あの世があるかどうか私にも判らない。
ただ死ぬ瞬間に
“これからいいところにいける”と思って死ぬのと、
“これから荒涼たる荒野を生ぐさい風と一緒に永久にさまよう”
と考えるのと、
“なにもかも虚無だ”と考えるのと、
この三つを並べて考えると
“楽しいところへ行ける”と考えるほうがよい。
そこで死ぬ瞬間に、それが信じられるように“想像力”で、
一生かかってあの世は極楽だというイメージを頭の中につくりあげている。
それがカトリックというものです。
−「上智大学のホイベルス神父」
―(井上はじめ、司馬遼太郎対談より)
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08月26日(土)
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