ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1957, 片づけられない女ー2
私も、そのプライスの店に行くようになった。
朝食はウォーキングの後ということもあって、しっかりと食べる為か、
昼飯はジャンクション食と割り切っているので、手軽で済ませたいし、安い方がよい。
500円以下の店は混んでおり、700円以上のプライスの店はお客は少ない。
先日、事務所の近くに「定食の専門店」が出た。
チェーン店ではないが、とにかく安くて、自分で好きな惣菜をチョイスできるのがよい。
大体400円〜500円で済む。
私の場合、週一単位で店を使い分けている。
回転寿司、蕎麦専門店、居酒屋、牛丼(豚丼)専門店、定食屋、うどん専門店
など10軒の店を、その日の気分で決めている。
駅前のサラリーマンにとって、昼飯を食べるのは大変である。
12時直後に、どこも満席になってしまうからである。
最近は、昼飯を抜くか、牛乳ですますケースが多いという。
小遣いが節約ができるからである。
ランチの世界も、デフレの影響がモロに出ている。
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2003年08月12日(火)
860, プライド -1
プライドについて考えてみる。
プライドとか自負心を自分で意識する時は、「逆境の時」とか、
「あまり自分の意にそわない時期」に多い。
プライドー自己尊厳ーとは程遠いと思われる人ほど、プライドが高いのに
驚いた経験をしたのは私だけでないだろう。
新潟では長岡人を「異常な位プライドが高く、閉鎖的で彼らだけで群れたがる」
と評している。常に小さい世界で誰かを意識せざるを得ないからだ。
まあ地元の悪口になるから、長岡人の話はやめておく。
プライドが何故マイナスの状態の時とか、マイナスの人の心の状態に
現れてくるのか考えてみる。
「自分の子供がよい会社にいるのを誇りに思う」とか
「自分のやってきたことに誇りを持っている」とかに表現される。
それは誰かとか、何かに対しての満足感を表す言葉である。
その背後には、他と比べて、
・自分の収入は誰より多い
・誰よりも名声がある
・学歴は誰誰よりも高い
等々、常に比較の世界に生きている人の言葉である。
自分の価値観をしっかり把握していれば、そんなことは如何でもよいことだ。
私が嫌っている「子狐」世界は、その比較の世界に生きているからである。
その小さい世界しか知らない無知の住人だからだ。
そういう人ほど表面的利害を求めて彷徨っている。
それも隠しプライドー子狐の尻尾ーをたれ下げながら。
彼らには本当の深い喜び、満足感、充足感はない。
比較の世界に生きている人間に、自分の心の奥の芯の歓喜があろうはずがない。
彼らは、そのプライド故に嫉妬、羨望、憎しみが異常発生してくるのだ。
比較の世界では、上から見下ろすだけでなく、下からの歪んだプライドも出て来る。
ある会など、見ても無残な歪んだプライドの世界である。
常に誰かの悪口、中傷の歪んだ暗い比較の世界である。
真の価値観を持ち得ない人が、他者に対して持つ歪みが変形した世界になっている。
自己宣伝に精を出しているチンドンヤ、噂を餌に営業をしている
??、太鼓持ちなど多士済々で面白いといえば面白いが。
それも如何でもよいことだが。
−つづく
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2002年08月12日(月)
485, 「我思う故に我あり」-1
デカルトの「我思う故に我あり」という言葉は
あまりに有名だが、フランスの‘生’の開祖と言われている
ビランが「我意欲す故に我あり」と、デカルトを否定して定義した。
「キリストの求めよさらば与えられん」もこのことだ。
どこかの女子大の哲学の教授の「我笑う故に我あり」という本があるが、
あまり面白い本ではなかった。
前回家内と「何で私らだけこれだけ感動に多く出会えるのだろ?」
と話し合った。その時の答えは「求めたからさ!」
たったこれだけを殆どの人がしてない。
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08月12日(土)
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