ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1956, 人生と学問
おはよ〜!(*^ワ^*)i
(~O~)ふぁ・・
昨日の日経新聞のスポーツ欄の連続のコラム
ーチェンジアップーで、
往年の大打者で野球解説者の豊田泰光が
「学歴についてのコンプレックスの心情」について書いていた。
大打者だったプライドもあろうに、思い切った心の奥の吐露をしていた。
ー先ずは、その内容を書き写してみる。
引退したとき、まだ35歳だった私は「やり残していることがある」
と妻に相談した。「大学に行きたいんだ」。
妻は理解してくれたが、私は幼い子供と実家の母らを面倒をみなくては
ならなかった。無収入の学生生活というわけにはいかず、断念をした。
学の無いことは寂しいことだ。
解説者として記事を書き始めたが、漢字がわからなかった。
家で書き取りの練習。おやじになってからの漢字練習はつらい。
悔しい思いをしたのは引退後に限らない。
プロ野球界の学歴信仰にも閉口をした。
高校出の監督・コーチもいるけれど、同程度の野球の成績なら
大卒が有利だった。
大卒の球団経営者は現場の大卒組と組んで事を運ぶ傾向があった。
球界の‘大卒’はチャンと単位を取った人ばかりでなく、
しょせんは勉強しない者同士で作る学歴社会である。
それだけに余計タチが悪いといえた。
サンケイ(現ヤクルト)のとき、東京六大學から入団した同僚から
「単位が足りないままプロに入った。
もう少しで大學から除籍になるがどうしよう」と相談を受けたことがある。
私はすかさず「そりゃ、絶対に単位をとるべきだよ」と言った。
彼は単位をとり、卒業をした。
何よりもけじめをつけたことが、その後のためになったと思う。
先ごろのスポーツ新聞の記事によれば巨人の桑田が引退後、
大學で勉強をしたいという意向を示したという。
いいことだ。桑田は「順序が逆になるけれど」といったそうだが、
勉強をしたいと思ったときが学業の適齢期だ。
広島のホプキンスという選手が練習の合間に肩にタオルをかけて
医学書を読んでいるのをみかけた。そのときはご苦労なことだと
思うばかりであった。しかし帰国後彼が外科医になったと聞いた時、
ふと思った。家計を支えねばならないから勉強ができない、
というのは私の甘えでかもしれない、と。
あれこれ経験を積んだ今だからこそ「人生に順序なし」と実感できるが、
その真実に気づいたときには残り時間はわずか。
皮肉なものだ。
ーー
何も飾りのない赤裸々な真実の声である。
そういえば同じような話を姉から聞いた。
一番上の姉が癌になり、一年足らずで無くなった。
手術の数ヶ月後、家に来て最後に多く語っていった。
その中で、
「私は高卒が一番のコンプレックスだった。
基礎教養を若いとき培ってなかったのが一生のハンデキャップだった」
と、ポツリといったのが印象的であった。
長岡城下街の価値観に一生振り回された人生を後悔しているようだった・・
私の周辺で、高卒にかかわらずサラリーマン社会で勝ち抜いてきた人や、
教養にみちている人が数多くいる。
共通点として、人知れず本を多く読みつづけて基礎教養という土台があり、
また、ライフワークを持っている。
一流大学?を出たにもかかわらず、全くの無知蒙昧の人も多く知っている。
要は社会に出てから、どれだけ学んだかが、問題なのだ。
御前はどうか?他人にいえるザマか?と、
すぐに声が飛んできそうだが。
また反面、高校しか出てないからと諦めてしまい、
全く本を読もうとしないで、「世間」とやらを、
全世界と思い込んでいる人ー子狐ーもいる。
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08月11日(金)
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