ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397481hit]

■1951, ローマから日本が見えるー20
輸出は減少、貿易赤字が拡大していく。
わが国が持つ対外純資産179兆円(2001年末)を使えば、
これで赤字は埋めることができよう。
だが、対外純資産を使い果たせばそこが限界となるはずである。

 わが国の経済力が弱くなり、国の信用を失えば、円売りが増大し、円相場は下落する。
円に対する将来不安が高まる。
国は円を買って円安に歯止めをかけようとするから、保有外貨を使い果たす。

 

-字数の関係上、あとの文章は「引き出し」の読書日記のコーナーに
貼り付けてあります。
 
・・・・・・・・
・・・・・・・・

2004年08月06日(金)
1221, 運について−2

何回か「運について」(後にコピーしてある)を書いてきたが、
再び書いてみる。

運にも二種類ある。
受身の運と、積極的に自分からつかみとる運である。

・受身の運は、「結果として何時も運がついている運」
性格とか、親の愛情が本人に染み付いているとか、宗教的な環境の中で
育っていて良い結果をもたらす運である。
ー性格の明るく良い人。良家の子女(躾がゆきとどいている人)。

・積極的な運は、「何事にもポイントがある、それを見逃さないよう努力を
する。意志こそ運の原動力、原因」という運である。

ここで取りあげる運は、両者を重ねもつ運である。
両方が揃って初めて開ける運である。

私の周辺の女性に、美人で、性格が明るくて、一生懸命に生きているが、
そのわりには、状況が不幸せの人が何人もいる。
やっと幸せを手に入れたと思ったら、すぐに不幸のどん底に落ちてしまう。
よく見ていると、両親が不仲だったり等、色いろの理由がハッキリみえる。
「ある程度耐える」という家系からくる知識・体質を持ってない。

「ありがとう」を繰り返し言いつづけることは、耐えることの呪文である。
運が上向く以前に、耐えることが出来ない習慣を変える作用がある。

いま一つ、言葉の重要性を知らない。
「自分は、ついている(運がある)」と、毎日こころの底から思っていれば、
そして、「ついている」と現に言葉に出していれば、ツキが回ってくるに。

「俺はついてない」「どうしようもない」「世の中が悪い」
「あいつのせいで、こうなった。あの畜生め」と、あけてもさめても
唱えていれば、不運しかこないのは当然である。
もし幸運がきても、それが見えなくなってしまっている。。
世の中の八割そうだから、それで良いのかもしれないが。

チョッとしたことなのに、せっかくの人生、あまりにも勿体ない。

運は因縁と似ている。
因は直接の原因、縁は間接原因をいう。
これが重なって結果がきまってくる。
多くの因縁の中で、良いものを選択するのも本人である。
やはり良い本、良い人、良い芸術、大自然にシャワーのように浴びるしかないのか。
 ーーーー

 265, 運について -1

2001年12月10日(月)
運がいい、悪いというが運とは何か考えてみよう。
「ある事をやった結果がたまたま上手くいった、失敗した」
というのが一般的にいう運の意味である。
運は結果論でもある。そうするとその「決定」が関ってくる。
ある決定の段階で、情報の受けかたと判断が重要になってくる。

そう考えると運のいい人とは、「無意識の判断」が適切・正しいということだ。
運のいい人とは適切な判断家ということになる。
適切な判断の連続線が運と言ってよい。

曇りのない心で情報、情勢を見る目が大事だということだ。
以前、情報工学の中山正和氏の講演を聴いた。
科学者に似合わない内容だった。
その内容は後でコピーしておく。この文章もそれが土台になっている。

ついている人がいる。そういう人は本当に、どこまでもついているという。
もって生まれた運勢があるという。

その共通点をみると。
明るく、楽天的で、勘が鋭いという。(これは私の追加の感想ー>)それと
努力家で夢がある人である。

ーこういう問題を自分で提起しておいて、逆に疑問を投げかけてみるー

[5]続きを読む

08月06日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る