ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1881, 閑話小題
若いときには、われわれは愛するために生きるが、年を重ねるとともに、
生きるために愛することが必要になってくる。
過去を振り返って、その重さに耐えきれなくなる時、愛と感謝で包み込まなくては
ならなくなるからだ。

身近の色いろの人をみると、
「若い生活をしている者は若いが、老いた生活をしている人は老いている」
というのが解る。
何があっても、精神は常に若く保たなくてはならない。

人は老年を恐れるが、そこまで到達するかどうか解らないのに、
気楽なものである。

人生は飛び立つ時より着地が難しいのは、飛行機と同じようなものだ。
とくに商売や事業をしているものにとって、最後は切実な問題になる。
そこでいかにソフトランデングするかが問題になる。

「60過ぎのことを、それまで全て先取りをしてしまえ」
と思って生きてきたことが、今になって本当に良かった思い始めている。
気力、体力、金力のバランスが崩れてきて、どうしても計画どおり行かなくなる。
色々な問題が弱いところに出てくる。
それなら、無理をしても60前にした方がよいと自覚していた。

義兄がしっかり60過ぎの準備をしていて、ルンルン気分でいたが、
60歳直後に亡くなってしまった。
思った通りにいかないのが人生である。
初めから、人生の余白を埋めるのも大事ということを教えてもらった。

いずれにしても、一日一日前向きに精一杯生きていけばよいのだろうが。

以前、20歳上の従姉が、自分の90歳でなくなった母親のことを回顧して
『母は50,60,70,80歳の峠を越えていった凄さが解るようになってきた』
と言っていたのが印象的である。

老いに関しては現在読み続けている藤沢周平の小説の隠れたテーマの一つだ。
彼は主人公を通して、老いいく人生の切なさや、最後の光り方を切々と書いている。

もう目の前に、一つの峠が見えてきた。

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2003年05月28日(水)
784, 芸術家と芸人

5~6年前に、「異種業の会ー旅行に出てみないかい?」と誘われて、
面白そうなので参加した。
大学教授、大手代理店の課長、芸術家数人、二代目等、個性的な人の
集まりであった。
一回目が九州と大阪。
二回めが盛岡と札幌・函館の視察であった。
県からの補助金で食事を含めて全て無料であった。
日本が背伸びをした、足の下をそのまま見ているようでもあった。
反面、将来の姿とはこんなもの?と予感できる世界であった。
といって、取ってつけた感も否めなかった。

 一回目が北九州の福岡ドームとホテルと再開発地区、長崎市の観光、
湯布院、大阪の再開発の視察であった。
半分はその名を借りたお遊びでもある。
しかしどこも新鮮な夢のある輝かしい?世界であった。

特に北九州の再開発は、北九州がアジアに向けての拠点を目指しているのが
感じ取れた。
再開発には否定的だが、こういうものの表面だけを見るとなるほど
騙されるのも解るような気がした。

湯布院が期待していた以上であった。
時代劇の映画に出てくる隠れ里のような山里にあった。
個性的な店が多く出ていた。
料理屋に小物や民芸品を売っているのが何ともセンスがよい。
若い女性や若者だけでなく、あらゆる年代の人が楽しめる。
映画セットの中にいるような感じがした。
30数年前の軽井沢の旧軽通りに少し似ていたが、湯布院のほうがゆったり
ほのぼのとした感じで好きだ。

 二回目が、盛岡、札幌、函館の視察であった。
メンバーはほぼ同じである。
これも楽しい面白い旅行であった。
札幌の郊外の丘陵地帯にある芸術をモチーフにした公園には驚かされた。
いま考えてみると、バブルの一現象だったのだろうが、広大な敷地と
モチーフが何ともいえない安らぎを与えてくれた。

函館の、観光をモチーフにした街つくりも素晴らしい内容であった。
石原裕次郎をモチーフにした館とか、ガラス細工専門店とか、
年中クリスマスグッズを売っている店があったり、寿司屋がところ狭しと

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05月28日(日)
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